国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長が岸田文雄首相と会い、東京電力福島第1原発事故で発生した汚染水を処理した水の海洋放出計画について包括報告書を手渡した。
報告書は、日本の計画について「IAEAの安全基準に合致している」と評価、処理水放出による人や環境への放射線の影響はごくわずかだとした。
夏ごろの放出を目指す政府はこれを「お墨付き」として、放出への取り組みを強化する。
だが、原発利用を推進する立場のIAEAの調査だけで十分な説得力を持つとは思えない。原因企業の東電が、放出に反対する漁業者などに真剣に向き合ってきたとも言い難い。広く内外の社会的理解を得るまでにはまだ多くの努力が必要で、報告書を金科玉条とし「今夏の放出ありき」で漁業者らに受け入れを迫ることは許されない。
第1原発では、原子炉冷却のための注水や雨水、地下水の流入で放射性物質を含む汚染水が大量に発生し続けている。
これを特殊な設備で浄化したものが処理水だが、放射性物質のトリチウムは取り除けず、敷地内のタンクに保管している。政府と東電は「保管施設の容量が限界に達している」として、処理水を薄めて海に放出することを決めた。
だが、事故で深刻な被害を受けた原発周辺の漁業者はこれに強く反対している。西村康稔経済産業相は6月、宮城、福島、茨城の3県と北海道の漁業団体幹部に直接理解を求めたが、姿勢は変わらず、全国漁業協同組合連合会(全漁連)も「放出反対」の特別決議を採択した。政府と東電が過去に福島県の漁業者に「関係者の理解なしにはいかなる(処理水の)処分も行わない」と約束したことも背景にある。
福島県の沿岸漁業者は事故後、試験操業や放射性物質濃度の測定などを経て、本格操業への移行段階にある。だが、真の復興にはほど遠い。海洋放出がこれまでの努力に悪影響を与えることへの漁業者の懸念は理解できる。
「風評被害」と言うと消費者などの非合理的な反応によるとされがちだが、これも事故がなければ起こらなかったのだから東電の責任は大きい。
処理水を巡る大きな問題は、環境汚染を考える上で重要な「汚染者負担の原則」や「排出企業責任の原則」が徹底されていないということだ。
万一、風評被害が発生した際の対策などについては国が前面に立つ、との政府方針の陰で、東電は漁業者らと真剣に向き合ってこなかった。風評被害に関しては東電が補償を行うことになるが、定義や損害の規模などが曖昧にされる可能性もあるだろう。
東電は事故の裁判外紛争解決手続き(ADR)の和解案を次々と拒否するなど不誠実な姿勢をとり続けてきた。それだけに、放出による被害の防止や賠償に真剣に取り組むと考える人がどれだけいるのか。
東電が保管場所の確保に十分な努力を払ったかも疑わしい。「保管容量に限界がある」と放出に向けたタイムリミットが迫っているとする説明をうのみにはできない。
国は汚染者負担の原則をないがしろにして、過剰な支援を行うべきではない。東電は原因企業として、国の陰に隠れず、漁業者らと真剣に向き合い、理解を得る努力を強化するべきだ。