1990年代前半の大学時代、シンセサイザーを駆使したニューエイジ・ミュージックのバンド、クスコにはまった。ケーナ、サンポーニャといった南米アンデスの笛の音を再現した演奏で知られる。「花祭り」「コンドルは飛んでいく」といったアンデスのフォルクローレは幼い頃に父に聴かされ、なじみがあった。
ドイツのバンドで、その名はインカ帝国の首都にちなむ。お薦めのアルバムは「リング・オブ・ドルフィン」(1989年)。持ち味のフォルクローレ調を加えながら、全体的には、暗くて美しく深みのある作品に仕上げている。森の国、メルヘンの国ドイツらしいと感じさせる異色作だ。
一番好きな収録曲「ブール・サイード」はシンセとギターがキンキンと冷たく美しいメロディーを繰り返す。キューバの太鼓コンガに似た音が力強いリズムを刻み、マリンバ風の軽やかな音もいいアクセント。ともにシンセで作った音だ。
収録曲「ジャバル・タリク」は珍しく歌声が入る作品。教会音楽のような雰囲気で、アーアアーアーアー…と不気味な低い声が続く。荘厳なシンセのメロディーとともに歌声は高音になり、浮遊感が出てくる。
収録曲「チェシュメの水」はケーナ、サンポーニャ風の音が聴ける。ちなみに、ケーナは尺八のような笛。サンポーニャは底がふさがっていて長さの違う管を束ねた笛で、瓶の口を吹いた時のような、かすれた音がする。コンガ風の音も入っており、アンデスの笛との組み合わせが面白い。
もともとクスコは夏向きの爽やかなイージーリスニング曲が多い。一例が「アルカトラズ」(80年のアルバム「デザート・アイランド」に収録)。夜向きの落ち着いた曲「孤独な薔薇(ばら)」(87年のアルバム「伝説の地」に収録)と同様、天気予報のBGMに使われた。

新境地は全編フォルクローレ調のアルバム「インカ伝説」(85年)で開いた。収録曲「コンドルの飛翔」はまさにアンデスを飛ぶコンドルが目に浮かぶ。もう少し聴きたいのに短いのが惜しい。このアルバムの曲は全体的に淡泊。浸るというよりケーナ、サンポーニャ風の音を楽しむ作品だ。
これでシンセのさらなる可能性に目覚めたのか。ギター、ベース、ドラムを加えた初期の編成から離れ、シンセでほぼ全ての音を作り込むようになった。「リング・オブ・ドルフィン」は一つの到達点だ。新解釈の「インカ伝説」とも言える曲「チェシュメの水」で進化を垣間見せつつ、じっくりと浸れる癒やし系音楽に仕上げた点がいい。(志)