異様なまでに太く白い雲が、澄み渡った空にかかっていた。「この時期はよく諏訪湖の上に龍(りゅう)のような雲が見えますよ」。その日の朝、旅館の女将(おかみ)に教わった話を思い出した。諏訪湖に近い長野県・霧ケ峰の主峰、車山(くるまやま)(標高1925メートル)から下山中のことだ▼諏訪地方を3年ぶりに再訪した。下山といっても、本格的な山登りをしたわけではない。車で平均標高1400メートルのドライブルートを進み、なだらかな道を30分歩けば山頂に着く。中央アルプスなどパノラマが広がり、くっきりと見えた富士山に向かうような雲だった▼女将によると、御柱祭(おんばしらさい)で知られる諏訪大社下社(しもしゃ)の神は、風と水を守る龍と縁が深いという。とても大きな龍で、旧暦の10月に出雲へ全国の神が集まるが、かの龍は頭は着いたものの尾はまだ諏訪にあり、他の神々から「会議の内容は後で報告するから諏訪にいてください」と諭された。それ以来、出雲へは出向かず、諏訪も旧暦10月は神無月ではなく「神在月」だ▼女将にもう一つ、地元の風習を教えてもらった。諏訪は道端の小さな神社にも御柱が4本あり、御柱祭と合わせて7年に1度、神社関係者ではなく、住民によって建て替えられる▼冒頭の雲は気象条件と地形によってできるのだろうが、神の姿ではと思わせる風土が諏訪にはある。個人的に何度も訪れたくなるのは、信心に守られた地で、出雲と似ているからだろう。(衣)