4期16年の町政を振り返る島根県海士町の山内道雄前町長=2018年12月、島根県海士町福井
4期16年の町政を振り返る島根県海士町の山内道雄前町長=2018年12月、島根県海士町福井

 「ないものはない」-。初めて目にした際、「何て想像力をかき立てるフレーズだろう」と感心した。「どんなものでもある」と受け取れる半面、「実際にないものはどうにもしようがない」という正反対の意味にも受け取れる。

 今では地方創生のトップランナーとして全国に名が知られる島根県海士町が2011年に掲げたスローガン。ないものねだりはせず、足元にあるものを探して磨いていこう、という意味が込められている。

 水産物の販路拡大につなげる特殊冷凍技術「CAS(キャス)」の導入、特産のイワガキや隠岐牛のブランド化、統廃合の危機にあった隠岐島前高校の魅力化創出…。「ないものはない」地域資源を生かし、多くのIターン者を離島に呼び込んだのが、18年まで16年間町長を務めた山内道雄さんだった。

 発端は地方交付税が大幅に削られる04年度の「地財ショック」。財政の悪化が避けられず、自らの給与の大幅削減に踏み切ると、覚悟を決めた職員も追随した。「給与カットは町の経営者として失格」。翌年取材で聞いた自戒の念は、今も記憶に残っている。だからだろう。産業振興へ攻めの姿勢を貫いた。

 そんな離島のかじ取り役が85歳で逝った。町長在任時から「町の取り組みは成功事例ではなく挑戦事例」と述べ「これからが正念場」と意識改革を促した。成功事例に導くのは「ないものはない」の精神を継ぐ人たちだ。(健)