書店のなかったJR佐賀駅構内に「佐賀乃書店」をオープンした今村翔吾さん(中央)=2023年12月3日、佐賀市
書店のなかったJR佐賀駅構内に「佐賀乃書店」をオープンした今村翔吾さん(中央)=2023年12月3日、佐賀市

 歴史時代小説『塞王(さいおう)の楯(たて)』で直木賞を受賞した今村翔吾さんは、小学5年の時に池波正太郎の『真田太平記』をむさぼるように読んだ。きっかけは母と買い物に行き、デパート向かいの本屋で目にした「真田」の文字。豊臣家に殉じ華々しく散った真田信繁(幸村)の活躍を期待して読んだが、徳川方に属して家を守り抜いた兄信之に肩入れする意外な発見があったという。歴史の先入観が覆され「あの書店がなければ作家になっていなかった」と断言する▼本屋が急速に消えている。2012年に全国1万6千店以上あった店はこの10年で約3割減った。全国の市町村の4分の1以上が書店ゼロとなり、島根でも3月に大田市で唯一の店が閉じる▼人口減や電子書籍・ネット通販の普及、大手取次による独自の流通システム…。原因は複合的で根深く一筋縄にはいかない▼書店を取り巻く現状を今村さんは「外堀は完全に埋まり、もはや出撃策しかない」と歴史小説家らしく、大坂の陣の豊臣方に例える。一方で「やれることは全部やる。絶対に無理と言われても挑戦する」とも。閉店寸前の書店を継承し、ワゴン車で全国の書店を巡る異色の活動は気概の表れだろう。夏の陣で天王寺口に布陣した幸村と重なる▼相次ぐ閉店を時代の流れと諦めるのはまだ早いだろう。大坂の陣の結末は変えられないが、書店の結末は小さな意識の積み重ねで書き換えられる。(玉)