オンライン取材に応じる町田樹さん
オンライン取材に応じる町田樹さん

 存廃問題に揺れる島根県西部で唯一のアイススケート場「サン・ビレッジ浜田」(浜田市上府町)。2014年のソチ五輪フィギュアスケートで5位入賞し、「氷上の哲学者」の異名を持つ、町田樹さん(31)=国学院大助教=は、広島から頻繁に浜田市のリンクに練習に通い、世界トップレベルで競う技を磨いた。町田さんは4月、スケート場存続の検討を求める請願書を浜田市に提出した。オリンピックアスリートが島根県のレジャー施設の存廃問題に関わるのはなぜか。「サン・ビレッジは恩人のような存在」とまで語るリンクへの思いに迫った。(Sデジ編集部・宍道香穂)

サン・ビレッジ浜田(浜田市上府町)

西日本大会も開催
 サン・ビレッジ浜田は1996年、勤労者のためのレジャー施設として、厚生労働省が所管する独立行政法人「雇用・能力開発機構」が約6億円を投じ整備した。広さ1410平方メートルのスケート場は、スケートをはじめ、西日本の主要なカーリング大会も開かれ、競技者にとって貴重な練習拠点になっている。

2018年、サン・ビレッジ浜田で開催された、カーリングの西日本オープン大会

 記者は今春、関西の大学を卒業し地元で就職した。実は、浜田市で過ごした幼少期、サン・ビレッジ浜田でフィギュアスケートを始めた。故郷の島根県が高齢化や人口減少に悩み、公共施設が相次いで廃止されるなど厳しい状況にあることは知っていた。サン・ビレッジのスケート場は、最盛期の1997年は年間2万人の利用があったが、近年は1万人以下の利用に低迷。新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けた2020年度は5200人に落ち込んだ。2021、22年度の2年間で急激な増加が見られなければ、所有する市は原則廃止する方針だ。思い出深い施設の存廃問題を知り「もしかして、なくなってしまうのか…」と、さみしさを感じつつ、理由や今後の動向が気になり、取材を志願した。

 

アットホームな雰囲気
 当時を振り返りたい。小学生のころ、サン・ビレッジでスケートを楽しんでいると、当時の館長が本格的にクラブに所属しないかと声をかけてくれた。3年生から4年間、週5~6回通って練習した。施設の規模は小さいが、スタッフは優しく、アットホームな雰囲気。クラブ内でミニアイスショーも度々開かれ、和やかな雰囲気の中で演技するのが楽しかった。リンクを訪れる町田さんと同じコーチの指導を受けていたため、一緒に練習をしたこともある。当時から「すごい選手」と有名だった。高校生だった町田さんは、日本選手権やジュニアグランプリの国際大会に出場し、2008年の全日本ジュニア選手権では準優勝を飾るなど、すでにトップレベルの選手として活躍していた。

サン・ビレッジ浜田で大会に出場した際の記者

7ページにわたる請願書
 町田さんは今回、浜田市に提出した請願書で、広島のリンクで十分な練習ができない中、補完してくれたのがサン・ビレッジ浜田だったとし、「中四国における氷上スポーツの最重要施設」と強調。中四国エリアでは、スケート場が8つにまで減り、アスリートが練習場所の確保に苦労する現状を挙げ、スケートだけでなく、西日本では珍しいカーリングができる施設の貴重性を説いた。 

 持続可能な経営に向け、まず、スケート場の教育利用を提案している。課外活動にスケート教室を実施している東京都江戸川区のリンクでは「もう一度滑りたい」と、家族と再訪するケースが多かったとし「リピーターの増加や市民利用率の向上を見込める」と理由を示した。スケートは、ウインタースポーツの中では、スキーに比べ手軽に始めることができ、費用もかからない。天候の悪くなる冬場に家族や友人と楽しみながら体を動かせることは、子どもたちの成長にとってもプラスとなる。

町田さんが提出した請願書の写し


 廃止が検討される理由は施設運営にかかるコストという。町田さんは経費削減策について、1億円を超す冷凍設備の更新費などが存続の大きな課題だが、省エネ機器への更新により、現在年間約940万円の光熱費を約400万円引き下げ、大幅に圧縮できると指摘する。また、断熱方法を工夫して通年リンクにしたり、特殊な断熱材を敷いたりすることで、氷を溶かさずに体育館やコンベンションセンターとしても利用している他県のスケート場の事例も示し、効率的な経営が可能になると具体例を挙げて説明している。

 請願書はA4判7ページ。現役引退後、氷上スポーツの運営などを学び、博士号を取得した町田さんらしく、データを多用し、独自に調査をしたことがうかがえる。ゆかりがあるとしても、地方都市の小さなスケート場の存続に、なぜここまでしようと思ったのか。真意を聞こうと、オンラインでインタビューした。

オンライン取材時の町田さん

地域に愛される施設でなければ

記者「なぜ、請願を出したのですか」

町田さん「所属していた広島スケートクラブの父兄から連絡があり、今こういう状況になっているので力を貸してくれないかと。恩人のような存在のスケート場なので、研究者として少しでも力になれたらと思いました。広島で練習ができないとなったとき、岡山や山口に行くよりもサン・ビレッジの方が近かったのです。あのリンクがなければ十分な練習ができなかった」

記者「スケート場の教育利用を提唱されています」

町田さん「仮に存続できるとしても、地域の人々に愛される施設でなければ運営継続は厳しい。ハード面(設備の整備)の向上に加え、サービスの質などソフト面の向上が必要だと感じます。そこで効果的だと思うのが、課外活動としてのスケート教室。ただ、児童のけがを防止するには専門知識のあるインストラクターやスケート従事者の協力が不可欠です。また、課外活動を設けるには教育委員会の主導も必要になると思います」

記者「存続には、設備の更新や運営費などコストも問題になっています」

町田さん「テクノロジーの進歩により、スケート場の運営手法は多様化しています。秋にオープンして春までずっとスケートだけ、という従来の方法だけではなく、より柔軟な運営ができる時代になっているのです。私は機械の専門家ではないし、投資家でもないから、直接的に支援することはできない。できるのは、日本のスケート環境の現状を把握しフィードバックすること。こういう例がありますと提示することで、スケート界の発展に少しでも貢献できたらと思います」


記者「存続には厳しい条件も課されています」

町田さん「厳しい経営状況については理解しており、『絶対に残せ』とは言えません。ただ、サン・ビレッジ浜田が中四国ベースでも貴重な施設であることを理解した上で、意思決定を行ってもらいたい」

市民の納得が第一
 町田さんのこうした声に対して、浜田市はどう対応していくのか。久保田章市市長は、町田さんの請願書を携えて来庁した利用者団体に「あらためて検討する」と述べた。市教育委員会文化スポーツ課の田中健司課長は「市民の納得が得られる方針で、というのが第一。観光を盛り上げる施設として活用法を検討していきたい」とする。地元民以外の利用も多いという点から、単純にスポーツ施設の一つとしてではなく、市外・県外の人々に訪れてもらう施設として存廃問題を再検討していきたいと考えているとのことだ。今後、市議会などで存廃について議論される。

2019年、サン・ビレッジ浜田でのスケート教室

 維持費や設備の老朽化、人口減少、新型コロナウイルスの感染拡大。複数の要因が重なり厳しい現状にあるのはこのスケート場だけではない。島根県内ではスキー場が相次いで閉鎖された。山陰両県のいろいろな施設が厳しい運営を強いられ、廃止を検討しているところもあるだろう。もちろん、維持・管理していくには財政的な問題があり、市民の理解や熟議が求められている。ただ、子どもたちが、体を動かし、歓声をあげるような場所が、一つ一つと消えていくとすれば、子育てに優しい環境と胸を張れるのだろうか。町田さんが指摘した教育利用などの新しい施設利用の方法は、他の施設にとっても参考になりそうだ。

サン・ビレッジ浜田

 1996年、厚生労働省所管の独立行政法人が開設。スケート場のほか、サッカー場なども兼ね備える。2004年、浜田市が610万円で譲り受けた。市は施設管理・運営を民間に委託し、年間約1500万円の指定管理料を支出している。市は第3者でつくる「市スポーツ審議会」の議論を経て、20年3月に作った市スポーツ施設再配置・整備計画でスケート場としての利用をやめ、多目的広場として活用する方針を示した。しかし存続希望の声を受け、21、22年度の2年間を検証期間とし、利用者数の急激な増加がみられ今後も増加が見込まれれば改めて検討するとしている。