米下院は、ロシアの侵攻を受けているウクライナに対して約600億ドル(約9兆3千億円)に上る緊急支援予算案を可決した。バイデン大統領は歓迎と署名の意思を表明しており、予算案は、上院審議を得て成立する見通しだ。緊急予算案は昨年10月、バイデン氏が議会に求めたが、共和党保守強硬派の強い反発で審議の停滞が続いていた。
本来は当事国同士の交渉や国際社会の圧力によって、戦闘の停止とロシア軍のウクライナ撤退を実現するのが理想だ。しかし当面それが達成できる見通しがない以上、ウクライナ国民の祖国防衛への意志を尊重し、支援の要請に応じるのが米国を含む国際社会に残された現実的な選択だろう。ロシアの横暴には屈しないというメッセージを団結して示し続けるべきだ。
バイデン政権は超党派で予算案を可決したことで「米国の指導力」を世界に示したと自賛したが、議会審議は内向きの政治的な思惑で一時暗礁に乗り上げていた。
保守強硬派は、ウクライナ支援より不法移民対策や国境管理強化に財政の重きを置くべきだと主張、反対してきた。国内問題を優先すること自体は選択肢として理解できる。
問題は議論が政争の具と化したことだ。11月の大統領選挙で共和党の候補となるのが確実なトランプ前大統領は、共和党議員に予算案を拒否するよう圧力をかけた。移民対策とウクライナ支援を同時に組み込んだ予算が、民主党のバイデン政権の功績になることを嫌ったためだ。
まだ正式候補でもない人物が議会審議をかく乱するのは、米国の政治と外交の劣化を象徴している。ロシアのプーチン大統領ら専制主義の指導者は、今後も偽情報の流布などで米国の弱点につけ込もうとするだろう。
優先されるべきは政争での勝利ではない。非道な戦争を速やかに終わらせ、二度と侵略を起こさせないようロシアに教訓を突き付けることだ。
侵攻開始から2年以上、苛烈な爆撃や砲撃にさらされ続けるウクライナの市民の恐怖を思えば、政治の分断に振り回されている余裕はないと米国民に訴えたい。
そもそも支援はウクライナのためだけではない。北大西洋条約機構(NATO)に対しては言うに及ばず、ロシアは地域を越えて脅威を拡散している。一例が北朝鮮問題だ。ロシアは北朝鮮に接近し弾薬類の提供を受ける見返りに、北朝鮮にミサイル技術を与えると分析されている。
またウクライナ攻撃用にイラン製無人機「シャヘド」を、偵察用には中国製を使用。米国は中国が軍事転用可能な物資を輸出し、ロシアの防衛産業再建を支援していると指摘する。
ウクライナ情勢が、専制国家群の協力ネットワークを強化する動機となっている現実は警戒が必要だ。ウクライナから地理的には遠いものの、北朝鮮や中国、ロシアと向き合う日本も積極的な対応が求められる。
政府は2022年、ウクライナからミサイルや弾薬の提供を求められたが、「防衛装備移転三原則」などに照らして、防弾チョッキや小型ドローンなど非殺傷性装備を送った。市民らの越冬支援のために資金協力も行っており、ウクライナは日本の貢献を高く評価、戦後の復興をにらんでも貢献できる分野は多い。引き続き抑制的で責任ある関与を続けたい。