非常用の食べ物の一例。写真の量は大人1人あたりの3日分に相当する=7月19日、東京都江東区の東京臨海広域防災公園
非常用の食べ物の一例。写真の量は大人1人あたりの3日分に相当する=7月19日、東京都江東区の東京臨海広域防災公園

 進路が予測しにくく、こんなにもゆっくりと進む台風は珍しい。全国各地に豪雨と強風の被害をもたらしている台風10号。暴風域はなくなったものの低速で列島を縦断しており、引き続き、備えと安全確保に努めたい▼作家の向田邦子さんが、少女時代の台風の記憶をつづった随筆『傷だらけの茄子(なす)』は、子どもはどこか浮き立ちながらも、家族それぞれがしっかりと備える様子が描かれる▼母と祖母はご飯の支度を早めに済ませ、非常食のおむすびを握る。子どもはランドセルに学校の道具を詰めて、着替えの包みを枕元に。玄関に長靴をそろえ、パジャマに着替えず、家族が集まって寝た。「兄弟げんかも夫婦げんかも、母と祖母のちょっとした気まずさも台風の夜だけは休戦になった」▼台風がそれた翌日、雨どいの落ち葉を片付ける父の頭上に、抜けるような青空が広がり、八百屋の店先には、雨に濡(ぬ)れ、地面にたたかれてそうなったであろう傷だらけのキュウリやナスが一山いくらの安売りで並んでいたという。何げない描写の中に、危機を乗り越え、日常に戻る家族や地域の力が感じられる▼きょう8月31日は雑節の「二百十日」。立春を起点にした日数で、台風が来襲する時期という目安であり、警告だ。予報技術がなかった昔も今も、早めに、適度にという備えの基本は変わらない。空振りに終われば「おかげさまです」と笑顔で済ませたい。(衣)