皇居・吹上御所の談話室でアルバムを見る昭和天皇と香淳皇后∥1987年12月
皇居・吹上御所の談話室でアルバムを見る昭和天皇と香淳皇后∥1987年12月

 せわしなくて忘れがちだったが、今年は「昭和100年」の節目だった。世代的に昭和の記憶は最終盤限定とはいえ懐かしい。あの時代そのものと言える昭和天皇(1901~89年)が年始の歌会始で詠まれた歌でたどってみる。

 日中戦争開始の翌年は、<静かなる神のみそのの朝ぼらけ世のありさまもかかれとぞ思ふ>(38年)。<峰つづきおほふむら雲ふく風のはやくはらへとただいのるなり>(42年)は、あの戦争開始からすぐだった。日本が敗色濃厚となり<風さむき霜夜の月に世をいのるひろまへ清く梅かをるなり>(45年)。

 終戦翌年は<ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ松ぞををしき人もかくあれ>(46年)。<国のつとめはたさむとゆく道のした堀にここだも鴨は群れたり>(65年)は、戦後復興を象徴する前回東京五輪の翌年の作だ。

 自由な言動を強く制限された人生の中で最後2作は、自身の歩みを見つめ、心の平穏も伝わる。<わが国のたちなほり来し年々にあけぼのすぎの木はのびにけり>(87年)。1988年は<国鉄の車にのりておほちちの明治のみ世をおもひみにけり>。

 最後に昭和天皇を見た記憶は88年終戦の日、親戚宅のテレビでだった。足取りが弱く誰かが「これは長くない」と言ったので、分かっていても「天皇陛下だけは死なない」と言い返した。それから5カ月近くが過ぎた朝、家族に起こされ、「崩御」という言葉を知った。(板)