無邪気に遊ぶ子どもたち。なんてことのない日常の風景を目に焼き付けたい
無邪気に遊ぶ子どもたち。なんてことのない日常の風景を目に焼き付けたい

 「○○ちゃん(娘)が『おばあちゃん』になったら、おかあちゃんはもういないの?」

 ある夜の寝かしつけ時、布団でおしゃべりしていた娘の唐突な質問に、どきっとした。「死」を理解しているわけではなさそうだが、「誕生日がくると一つ年齢が増え、少しずつ大人に近づく」ということは、4歳なりに分かってきたらしい。自分が大人になったら、今いる大人はどうなってしまうのか、素朴に疑問を感じたのかもしれない。いつまでも子のそばにいられるわけではない。分かりきった現実を、娘本人に突きつけられた気がして、答えに窮してしまった。

 4歳になった娘をまじまじと観察した。生後すぐは薄皮のようだった爪はしっかり硬く、握りしめてくれる手のひらは、生まれたころより厚く丈夫になった。今はその手で工作をしたり絵を描いたり、はたまた体調を崩し弱っている私の頭をなでたりもしてくれる。

 脚もこの1年で急激に伸び、赤ちゃん特有の「ぷにぷに」の太ももは、見る影もなくなった。代わりに足取りがしっかりし、長い距離も歩けるようになった。公園に行くと、のろのろ歩きの母をさっさと追い抜きお目当ての遊具に向かって駆けていく。自力では移動できず「抱っこ」を求めて泣いてばかりいた子が、自分の意思でさっそうと駆けていく背中に、さみしささえ感じる。必需品だった「抱っこひも」は、物置の隅に追いやられている。最後に使ったのはいつだったろう。

 私も母になって4年だ。子と接していると、自分の幼少期を突然、鮮明に思い出す瞬間がある。父が寝かしつけてくれるとき、寒くないよう毛布をぎゅっと密着させてくれたこと。幼稚園に行くとき母と離れるのが嫌で毎朝泣いていたこと。なんてことのない日常の記憶が、目の前の子の姿と重なり、当時を追体験しているような不思議な感覚も抱いている。

 18歳で親元を巣立つとすれば、娘はあと14年、息子はあと16年。ぎゅーっとくっついたり手をつないだり「お母ちゃーん!」なんて無邪気に呼んでくれたりする期間に絞れば、タイムリミットは間近に迫っているのかも…。余裕がなくて気づけていないだけで、本当は今、幸せの真っただ中にいる。

 これからの人生で今日が一番、この子の小さい日。いつか必ず終わりがくる「宝物」のような毎日を、かみしめながら過ごしていこう。

 (文化生活部・増田枝里子)

  =おわり=

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 連載「ペンと乳(父)―記者の子育て日記」は終了しますが、今後も「番外編」を随時、掲載予定です。お楽しみに。連載の感想はこちらに。文化生活部=ファクス0852(32)3520。メールはkurashi@sanin―chuo.co.jp。LINEはQRコードから。