山田洋次監督の名作『幸福の黄色いハンカチ』が公開されたのは1977(昭和52)年10月1日だった。刑務所帰りの中年男性が、偶然出会った若い男女とともに妻の元へ向かうまでを描いたロードムービー。待っていると伝えるため、妻が鯉(こい)のぼりの竿(さお)に掲げた無数の黄色いハンカチが風にはためくラストシーンは感動的だ。
いつ帰ってくるのか見通せない中、待つ身の家族はつらいだろう。公開初日から20日後、米子市で自宅近くの編み物教室に出かけた29歳の女性が安否不明になった。松本京子さん。47年前のきょうのことだ。その後、北朝鮮による拉致被害者として政府の認定を受けた。兄の孟(はじめ)さん(77)は「何としても私が生きているうちに助け出したい」と早期解決を訴える。
政府が認定する17人のうち5人は22年前に帰国。松本さんを含む残り12人について、北朝鮮は真相究明のため徹底した調査をすると明言しておきながら、納得できる説明はない。
そんな相手を振り向かせる“ハンカチ”にしたかったのだろうか。拉致問題解決に向けて石破茂首相は、東京と平壌(ピョンヤン)に相互の連絡事務所を開設する構想を自民党総裁選で示していた。
これに被害者の家族会は反対する。事務所開設により日本側が調査に加わる以上、どのような結果が出ようと受け入れざるを得なくなり、幕引きに利用されかねないからだ。首相には別の“ハンカチ”がいるようだ。(健)