東京五輪はパンデミック(世界的大流行)の暗雲に覆われる中、異例の1年延期を経て、予定された33競技、339種目をやり遂げた。

 新型コロナウイルスの感染拡大により、ほとんどの競技会場が無観客となった。ただでさえ大規模で複雑な五輪の開催は、感染対応という国際オリンピック委員会(IOC)も経験したことのない難しい課題への取り組みが加わり、大会組織委員会にかかる負荷は極めて大きなものとなった。

 政権が国家プロジェクトとして掲げた「復興五輪」も「ウイルスに打ち勝った証し」も達成できなかったのは明らかだ。それでも、多くの関係者の努力と協力によって、全世界の代表選手が最高の技術を競い合う舞台が整えられ、さまざまなドラマが生まれた。

 喜びにあふれた笑顔があり、さまざまな思いの混じる涙があった。過去の大会のような、祝祭の雰囲気にあふれた大会とはならなかったが、いったんは止まってしまった五輪スポーツの大きな歯車を力強く動かしたのは間違いない。

 大会の総括記者会見で、その点を強調したバッハIOC会長だけでなく、世界はこの事実を評価するだろう。

 大会中に感染者数の累計は全世界で2億人を超え、国内では100万人を突破した。この状況で、選手だけでも約1万1千人、メディア関係者は約1万6千人という大イベントを一人も感染者を出さずにやり遂げるのは不可能だった。

 選手、コーチ、メディア、組織委関係者、委託業者、ボランティアの感染が連日のように確認された。検査を重ね、陽性者を特定し、選手村と競技会場で感染が広がるのを防ぐため、さまざまな対策が施された。

 パンデミック以前から懸念された猛暑の問題も持ち上がり、より気温の低い時間帯に移した試合がいくつかあった。

 テニスは30度を優に超える気温の中、ときには2時間以上の試合を選手に強いる午前11時開始として始まった。しかし、四大大会男子シングルス通算20勝のジョコビッチ選手(セルビア)らがあまりにも酷な条件だと抗議し、途中から午後3時開始に変更された。サッカー女子の決勝は午前11時開始予定だったが、会場を変更した上で午後9時開始とした。

 地球の温暖化は当初の大方の予測より速く進んでいるという。IOCはこの問題を深刻に受け止め、夏季五輪の競技時間の設定について、科学的な検討に乗り出すべきだ。

 IOCの収入の約70%が五輪の放送権料だという事実があるにせよ、あまりにも放送権者の意向を尊重して日程を決めている。「アスリートファースト(選手第一)」の理念が後ろに引っ込んでしまっている。

 日本は伝統的に強い柔道、体操、レスリングなどで強化の深掘りが進んだことを証明した。さらにIOCの進める「若者志向」の流れをつかむようにして、スケートボード、サーフィン、スポーツクライミングでメダルを獲得し、五輪競技全体としての幅を広げた。

 テレビ観戦した市民には日本以外の選手の活躍に感動し、勇気をもらった人もいるのではないか。大会をきっかけに、世代を問わずスポーツに親しむ人が増え、より健康な社会が育まれていくなら、それこそが五輪の意義に違いない。