正月遊びの「いろはかるた」は、東と西で趣が異なる。東の江戸は合理的、西の京都は情緒的とでも言おうか、それぞれに処世の知恵が込められて、世相に重なる面白さもある。今年の干支(えと)の「う」と「ま」を比べ現代訳で読み解くと…。
江戸の「う」は「嘘(うそ)から出た誠」。ネットにあふれるフェイクニュースのようにだます目的はなかったけれど、急場しのぎのこともある。衆院議員定数の削減や企業団体献金廃止は実現せねば嘘になる。年明けの政治改革につながれば「誠」に変わることだろう。
京都は「氏より育ち」。現代に映すと生まれた家庭(氏)の違いで生じる教育格差の問題が浮かぶ。貧困で教育のチャンスが奪われる負の連鎖を断ち切り「育ち」の環境を整えることは、少子化問題の名解答になるはずだ。
江戸の「ま」は「負けるは勝ち」で、これはまず高市早苗首相に送りたい。外交交渉はしたたかに。翻ってわが身、家庭に置き換えると健康長寿のこつでもある。威張って得なことはない。円満、達者の魔法の「ま」。
京都は「蒔(ま)かぬ種は生えぬ」。コメの増産や備蓄米の扱いは宙に浮き、もち米、酒米不足の余波が広がる。コメを増産するのかしないのか、農山村を守るのか守らないのか。混乱の種をまくのではなくしっかり実(じつ)を取ることだ。あれやこれやが浮かんでくるが、何事もうまくいく年になってほしいと、思うばかりの新年だ。(裕)













