水俣湾の埋め立て地に立つ「水俣病慰霊の碑」∥熊本県水俣市(資料)
水俣湾の埋め立て地に立つ「水俣病慰霊の碑」∥熊本県水俣市(資料)

 運がよい、授かるという意味の熊本県の方言「のさる」。作家の故石牟礼道子さんは、流産した女性を見舞った母が「赤ちゃんはすぐまた、のさりなはります」という言葉を幼い頃に聞き、赤ちゃんはそのように恵まれるものだと一つ言葉を覚えたという(エッセー『梅雨のあいまに』より)。

 石牟礼さんを姉と慕った水俣病患者で語り部の杉本栄子さん(2008年に69歳で死去)は、病すら「のさり。おかげで多くの人と会えた」と言い切った。水俣市の漁村で両親とともに発症。自殺を考えたこともあったが病や差別と闘いながら「人を恨むな、人を変えるのでなく自分が変われ」という父の教えを守り抜いた。

 一昨年、被害の実相を伝えるNPO法人・水俣フォーラムの講演会で、杉本さんの長男肇さんの話を聴いた。栄子さんは水俣病について考え抜き、亡くなる前「(有機水銀を含む排水を海に流した)チッソも、差別した人も世間も許すことにした」という。「母は人であり続けたかったのだと思う」と肇さん。

 水俣病は今年5月1日で公式確認から70年。水俣フォーラムは今月24日を皮切りに、東京近郊で全8回の連続講演会を開く。初回の講師は本紙「羅針盤」の筆者で京都大の藤原辰史教授。オンラインでも聴講できる。

 近代化が引き起こした事件はいまだ解決には遠い。私たちはまだ許されてはならないし、考えなくてはいけないと思う。(衣)