福岡市の平和台陸上競技場に、3選手がなだれ込むように入ってきた。先頭は宗猛(旭化成)。すぐ背後に双子の兄・茂(同)と瀬古利彦(早大)。残り200メートルで瀬古がスパートし、追いすがる宗兄弟を背にそのままゴールテープを切った▼1979年福岡国際マラソンのゴールシーン。3人は翌年のモスクワ五輪代表に内定し、メダル候補に挙がった。だが、ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議して日本が不参加を決めたため「幻の代表」に。悲運もあり、激しいデッドヒートが脳裏から離れない▼数々の名レースを生んだ「福岡国際」が、きのうの第75回大会を最後に幕を閉じた。東京マラソンなど市民ランナーが一緒に走る「大都市型マラソン」が主流となり、トップレベルの選手だけが走る「エリートマラソン大会」の福岡はスポンサー確保が厳しくなったという▼大会は「日本マラソンの父」と言われる金栗四三の功績をたたえ、「金栗賞朝日マラソン」として47年に熊本で始まった。59年に舞台が福岡へ移り、国内外のトップ選手が参加。67、81年に世界最高記録も誕生した。時代の流れとはいえ、なくすのは惜しい▼2月のびわ湖毎日マラソンも、次回から市民参加の大阪マラソンと統合される。歴史ある大会の消滅で、92年バルセロナ五輪銀の森下広一(旭化成)=鳥取県八頭町出身=以来となる、男子のメダリスト誕生が遠のかなければいいが。(健)