うれしい瞬間は、意外なところからやって来る。先日、松江市内の書店でレジの順番を待っていると、2組前にいた老夫婦の会話が聞こえてきた。夫「いつものあれが見当たらないんだけど」、妻「店員さんに聞いてみないとね」▼すると、娘さんらしき女性が駆け寄り「あったわよ」。手にしていたのは『明窓書き写しノート』。しかも3冊も。思わずうれしくなり、執筆者を代表してお礼を述べたくなったものの、並んでいる人も多く迷惑になってはと思い、ぐっとこらえた▼書き写しノートの説明書きにもあるように、当欄の連載が始まったのが、山陰中央新報の前身、島根新聞時代の1948(昭和23)年元日。きょうで「74歳」の誕生日を迎えた。その島根新聞が始まったのが42年の元日。きょうが80年の節目に当たる▼島根新聞は島根県内で新聞を発行していた松陽新報と山陰新聞が合併し誕生した。当時は戦時中。紙物資が不足する中、「1県1紙」の国策に従った。とはいえ政府にはマスコミを統制する狙いがあった。自由を規制された「新聞暗黒時代」だった▼それから80年たち、新しい年が明けた。当時のような重苦しい規制はないが、新型コロナウイルスの新たな変異株による閉塞(へいそく)感が山陰にも漂っている。そんな心を和ませてくれるのが、うれしい瞬間だろう。たとえ身近で小さくても、そんな瞬間が数多くやって来ることを願う。(健)