「佐渡島の金山」(新潟県)について岸田文雄首相は、世界文化遺産への登録を国連教育科学文化機関(ユネスコ)に推薦することを表明した。推薦期限の1日に閣議了解。通例であれば来年夏ごろのユネスコ世界遺産委員会の審査を受ける見通しだ。

 これに対し、韓国政府は朝鮮半島出身者が強制労働させられた場所だと反発、推薦の中止を要求した。軍事的な圧力を強める中国や北朝鮮をにらんで日米韓の連携強化が求められる時期だけに、首相が述べるように「冷静で丁寧な議論、対話」を基本として、韓国の主張に対応したい。

 首相は登録推薦の見送りを一時検討していた。それが歴史問題に弱腰として政府を批判する自民党保守派の突き上げもあって、夏の参院選も見据えて翻意したとされる。

 推薦見送りに対する保守派の典型的な意見には「論戦を避けた形で、申請しないのは間違っている」(安倍晋三元首相)「国家の名誉に関わる問題だ」(高市早苗政調会長)があった。

 確かに、2015年の慰安婦問題を巡る日韓政府合意を韓国側が一方的にほごにし、その後は両国の政治的な交流はほぼストップし、国交正常化して以来、最悪の関係とされる。だからと言って、韓国への断固たる対応を求めるばかりでは、政治の姿勢としてあまりにも短絡的ではないか。

 韓国では今年3月に大統領選がある。自国の世論を背景に、各候補はより厳しい主張を日本に対し展開するだろう。政府としては冷静な姿勢を保ち、事実に基づいた説明に徹するよう求める。

 外交の成果を上げ国内の支持に結び付けようとするのは政治の常とう手段だ。だが、特定の国に対する国民の反発をあおり利用すれば、互いにエスカレートし関係修復できない事態に陥る。政治がこの手法を使うことは極力避けねばならない。

 世界遺産を巡っては、日本側が努力すべき課題もある。

 長崎市の端島(通称・軍艦島)を含む「明治日本の産業革命遺産」を15年に登録した際には、強制労働があったとする韓国側の主張に対応する形で、政府は朝鮮半島出身者の当時の状況を理解できるような説明を講じると約束した。

 20年に「産業遺産情報センター」を開設したものの、韓国側が歴史を歪曲(わいきょく)した内容があると反発しただけでなく、21年の世界遺産委員会では日本政府の説明が不十分として「強い遺憾」を示す決議が採択されている。政府は、説明を充実させる必要があると言える。

 ユネスコの「世界の記憶」(世界記憶遺産)では、「南京大虐殺」が15年に登録され、韓国などの民間団体が「慰安婦」関連資料の登録を翌年に申請した。これに対し日本政府は「登録制度の政治的な利用」と批判し、申請案件に関係国の同意が必要とする制度の改革が21年になされた。

 制度改革を日本が主導したことを考えれば、世界遺産に関しても関係国の理解が得られるよう努力するのは当然である。

 佐渡金山の世界遺産の対象期間は、手工業で世界最大級の金生産量を実現した江戸時代に限定した。とはいえ、強制労働があったと韓国が主張する時期に、どのような形で朝鮮半島出身者を雇用していたのかを海外に向けて丁寧に説明し、理解を求めるべきである。