「島根半島四十二浦巡り」の石碑を除幕する飯塚大幸会長(右端)ら=出雲市小境町
「島根半島四十二浦巡り」の石碑を除幕する飯塚大幸会長(右端)ら=出雲市小境町

 江戸時代に始まったとされる巡礼の風習「島根半島四十二浦巡り」の文字を刻んだ石碑が、出雲市小境町の一畑薬師に建てられた。2日に現地で除幕式があり、関係者が新たな名所の誕生を祝った。

 四十二浦巡りの対象は、西の出雲大社(出雲市大社町杵築東)から、東の三保神社(松江市美保関町福浦)まで。記念碑は、神社参拝や歴史学習などを続ける島根半島四十二浦巡り再発見研究会が、浦巡りを締めくくる結願(けちがん)の地で、同会設立に尽力した文献史学者の故関和彦氏の石碑もある一畑薬師を選んで建てた。

 高さ約1・8メートル、幅約1・3メートルの巨石に、同会の飯塚大幸会長が揮毫(きごう)。県内外の会員、同半島の神社、民宿の関係者ら98人から寄付を募り、約100万円をかけた。
 除幕式は上定昭仁松江市長、飯塚俊之出雲市長を含む約30人が出席。除幕した飯塚会長は「島根半島の美しさや素晴らしさを末永くPRしていくものになる」と話した。
      (藤原康平)