国連のグテレス事務総長がロシアを訪問した。プーチン大統領との会談で、ウクライナ南東部マリウポリの市民の退避に国連と赤十字国際委員会(ICRC)が関与することで原則合意した。
ロシアによるウクライナ侵攻では、国際平和の維持を目的とする国連の無力さが世界を落胆させた。ロシアは国連安全保障理事会で拒否権を持つ常任理事国で、拘束力のある安保理決議が採択できないことが重い足かせとなっている。
それでも、国連総会の緊急特別会合が採択したロシア非難決議や人道状況改善決議を背景に、事務総長が自ら直接交渉に踏み出し、限定的ながらも国連の関与が合意されたのは前進と言える。
これまでウクライナとロシアが申し合わせた民間人保護の「人道回廊」は十分機能しなかった。ロシア軍が「制圧」を宣言したマリウポリでは製鉄所内などに多数の民間人がいるとされる。安全な退避の実現を急いでほしい。具体的な措置は今後、国連人道問題調整室(OCHA)とロシア国防省が詰めるという。
何より必要なのは、国連や第三国の調停を当事者が受け入れ、停戦にこぎ着けることだ。グテレス氏は人道的停戦を訴えてきたが現時点では実現性が低いため、まずマリウポリに絞って市民救出に努め、突破口にする考えだろう。
国連関係者の間ではグテレス氏の直接行動を望む声が強まっていた。2014年にロシアがウクライナ南部クリミア半島を強制編入した際は当時の潘基文事務総長が両国を訪問。第2代事務総長のハマーショルド氏は1961年、コンゴ動乱の停戦調停に向かう途中、国連機墜落で死亡。62年のキューバ危機では第3代事務総長のウ・タント氏が米国、ソ連の首脳に緊張緩和を促し、キューバを訪れて当時のカストロ首相と会談した。
国連の事務次長経験者など元高官200人以上が連名で4月中旬、グテレス氏に危機感あふれる書簡を送った。「第2次世界大戦後の国際秩序をロシアの侵攻は激しく傷つけた。国連の存在意義が問われている。前身だった国際連盟の二の舞いを恐れる」。第1次大戦後に設立された国際連盟は日本やドイツの脱退などで機能不全となり、第2次大戦を防げなかった。
この書簡の厳しい認識を共有したい。平和の維持と安全のため人類が持つ唯一の世界的組織を崩壊させてはならない。
グテレス氏はロシア訪問前、停戦交渉の仲介役のトルコを訪れエルドアン大統領と協議しており、ロシアの後はウクライナも訪問。人道危機打開につながることを期待したい。ロシア、ウクライナ両国と意思疎通できる各国も協力すべきだ。グテレス氏はトルコのほか、中国、フランス、ドイツ、インド、イスラエルなどを挙げている。
グテレス、プーチン両氏が会談したのと同じ頃、国連総会は重要な決議を採択した。安保理常任理事国が拒否権を行使した場合、総会を開き理由の説明を求める決議だ。拘束力はなく拒否権自体を変える内容ではないが、説明責任を負わせることで拒否権行使を抑止する狙いだ。
安保理の抜本的な改革は極めて難しいが、国際秩序が揺さぶられたという危機感を世界が共有し、根本から将来の国際平和を考える真剣な模索が始まったと捉えたい。