1956年7月1日、それまでの投稿欄「道標」に代わって始まった「こだま」の紙面(山陰新聞)
1956年7月1日、それまでの投稿欄「道標」に代わって始まった「こだま」の紙面(山陰新聞)

 投稿欄「こだま」で5月に創刊140周年特集を企画して以降、本紙がこれまでさまざまな形で読者の役に立ってきたことを知り、喜びを新たにしている▼直近で印象深かったのは、高校生の孫が隠岐の海士町で寮生活をしているという東京の女性からの投稿。孫から届いたお菓子に緩衝材として入っていた本紙に「こだま」のページを見つけ、これも何かのご縁と「島根の皆さまにごあいさつ」とのことだった。新聞がもたらす偶然の出合いが面白い▼中学生だった約50年前に読者通信欄を介して文通相手を見つけ、大好きな詩について重ねたやりとりは「一生の宝」と記した女性もいた。今なら手軽なメールやラインとなりそうなところ、手紙ゆえの深い交流を想像し、そんな時代もあったのだと感動を覚える▼県外から島根に移り住み、土地を知るには地元紙が一番と読み始めて愛読者になった人も複数いた。確かにテレビは東京中心。現在はインターネットもあるが、地域の情報を一つにまとめて毎日届く新聞を、これからの移住者の皆さんにも活用してもらえれば何よりだ▼「地方紙は公務員必須ツール」の投稿は役場職員の35歳男性。地方紙から「自分が知らない地域の魅力を知ることができます」とありがたい言葉を頂いた。古里教育に取り組む先生、地域の人と接する営業職の方々など多様な人たちに生かされる郷土紙作りに精進したい。(輔)