現行刑事訴訟法下で、70年余りにわたって続く「紙」と「対面」を基本とする捜査・公判手続きを様変わりさせる議論が本格化した。デジタル社会の到来を受けた刑事司法のIT化だ。
「紙」は電子データのオンラインでのやりとりに、「対面」は法廷などと別の場所を映像でつなぐビデオリンク方式へ。情報通信技術を司法分野でも活用する方向性は同意できる。先行する民事司法では、IT化の改正民事訴訟法などが先の通常国会で成立している。
しかし、刑事司法は極刑まで存在する国家の刑罰権行使に直結することを忘れてはならない。迅速、効率的な捜査・公判の実現を目指すにせよ、最優先すべきは憲法が保障する被告・容疑者の人権だ。議論の舞台である法制審議会には、拙速を排し、バランスの取れた熟議を期待したい。
刑事司法のIT化は2020年閣議決定のIT戦略に盛り込まれた。法務省は法曹三者や警察、学者出身の委員で検討会を設置、今年3月にまとまった報告書は法制審の議論のたたき台となる。
まずは逮捕状などの令状事務だ。現行は請求書や疎明資料などを裁判官に書面で届け、紙の令状が発付されている。これを請求書などの電子データをオンラインで裁判官に送信し、電子令状で発付することを検討する。電子令状を執行する際は、印刷するか、端末の画面に表示して提示する。
検討会が全員一致で打ち出した方向性だ。裁判官所在地から遠隔地にある警察署などでも手続きが迅速化できる。ただ効率化のあまり、裁判官の審査が甘くなっては本末転倒だ。それでなくても逮捕状請求の却下率は、わずか0・05%(20年)。裁判官には改めて丁寧な審査を求めたい。
起訴後の弁護人への証拠開示を、オンラインによる電子データで実施することも一致した。
いまは紙の証拠をコピーして開示しているが、大型裁判では膨大な量になり、時間がかかる。さらに私選弁護ではコピー代は自費負担のため、経済的理由から全証拠をコピーできなかった例もあるという。これは被告の防御権を保障する観点から大いに問題だ。IT化による解決が望ましい。
公判手続きではビデオリンク方式による被告の〝出廷〟は、被告の防御権行使や裁判官の心証形成に支障があるとして、限定的とすることで一致した。長期入院中で移動が不可能なケースに限ることなどが想定されるが、法制審では要件を厳密に詰めてもらいたい。
「被告・容疑者と弁護人のビデオリンク方式による接見」や「公判審理のオンライン傍聴」については、検討会の意見はまとまらなかった。
前者については、弁護人成り済ましなどで逃亡、証拠隠滅につながる懸念が示されたが、弁護人が遠隔地にいても、被告らが迅速な支援を受けられる点は重視すべきだ。実現の方策を探りたい。後者はインターネットで公判を傍聴することができ裁判公開の原則にも合致するが、映像、音声が半永久的にネット上に残る恐れがある。現代社会が抱える問題そのもので、時間をかけて議論してもらいたい。
いずれの論点も万全なセキュリティーの構築が大前提なのは言うまでもない。その上で「公共の福祉の維持と人権の保障」(刑訴法第1条)を目指したい。