「世界の王」が誕生したのは1977年のきょうのこと。この日、プロ野球巨人の王貞治選手が通算756本目の本塁打を放ち、米大リーグのハンク・アーロンを抜いて本塁打世界一になった。その後868本まで伸びる世界記録が生まれた時の熱狂は、子ども心に覚えている▼あれから45年。野球が日本に伝わって150年の今年、本場を舞台に大谷翔平選手が投打の二刀流で新たな歴史をつくる。ベーブ・ルース以来104年ぶりの「2桁勝利・2桁本塁打」を経て、一昨日は史上初となる「2桁勝利、30本塁打」を成し遂げた。暗い話題が多い昨今、活躍する姿を見るたびに笑顔になる▼「たかが野球されど野球」の言葉もあるが、何が人を引きつけるのだろうか。「美しいから」と答えるのは早世した哲学者宮野真生子さん。人類学者磯野真穂さんとの往復書簡をまとめた本『急に具合が悪くなる』にある▼例えば打者は本塁打を「必然」にすべく努力を続けるが、結果は本人や投手の状態、気象などが絡む「偶然」に左右される。そうしたプレーの一つ一つに「『いま』が生まれ落ちてくる瞬間の美しさ」があるという。そしてそんな現実を引き受けて力を注ぐ選手をたたえる▼個々の舞台で「いま」を生きる一人一人が観客席やテレビの前で自らの人生を重ねるのだろう。宮野さんが残した言葉を反すうしながら残りのシーズンを楽しみたい。(輔)