集まった市民を前に辻説法する稲盛和夫さん(右)=2005年5月、出雲市平田町
集まった市民を前に辻説法する稲盛和夫さん(右)=2005年5月、出雲市平田町

 仏教に「三尺三寸箸」という題の法話がある。三尺三寸は約1メートル。長い箸である▼地獄と極楽に、それぞれ同じような器に盛られた豪勢な食事がある。地獄にいる者も極楽にいる者も、この長い箸で食事を取るのだが、地獄では皆、痩せこけている。われ先にと食べ物を口に運ぼうとするので、箸が長すぎて口元に持ってこられないのだ。一方、極楽では長い箸を使って誰もが他人の口元に食べ物を持っていくことで、食事は円満に進んでいく▼こうした「利他」の精神を自らの経験に基づき広く説いたのが、先に90歳で亡くなった京セラの創業者・稲盛和夫さんだ。経営に打ち込みながら人生に悩んだ稲盛さんは、臨済宗妙心寺派の円福寺(京都)で西片擔雪(たんせつ)老師に師事し、1997年に得度。2005年には出雲、松江を訪れ、街角で辻(つじ)説法に立った。独特の伏し目がちな表情で「死を前にして魂を磨きたい。周囲を喜ばせたいという思いやりの心が、美しい魂」と淡々と語った▼同派の宗務総長を務め、稲盛さんと親交があった本性寺(出雲市小境町)の松井宗益・前住職(75)は「僧侶は仏教の専門用語を使わなければ、仏教の話ではないと錯覚している面がある。稲盛さんは教えを理解し、自分の言葉として話しておられた」と振り返る▼コロナ禍での社会や、ロシアのウクライナ侵攻など利己的な空気に満ちた現世でもう少し、話を聞きたかった。(万)