防衛力強化に関する有識者会議の佐々江賢一郎座長(左)から報告書を受け取る岸田首相=28日午前、首相官邸
防衛力強化に関する有識者会議の佐々江賢一郎座長(左)から報告書を受け取る岸田首相=28日午前、首相官邸

 防衛力強化を巡る政府の有識者会議は、防衛費の大幅増を念頭に、財源確保へ増税を求めた報告書をまとめた。だが報告書が示した防衛力強化の方向性への国民理解は十分と言えず、少子化・子育て支援などに優先して手厚い予算を充てる点には賛否が分かれよう。

 中国や北朝鮮の軍事的脅威を考えれば防衛力の強化や近代化は重要としても、今の段階で増税を持ち出すのは乱暴に過ぎる。まず歳出の徹底的な見直しが当然で、それをなおざりにした負担増は受け入れられない。

 東アジアにおける軍事的緊張やロシアのウクライナ侵攻を背景に政府は6月、「骨太方針」に防衛力の「5年以内の抜本強化」を明記。国家安全保障戦略など安保関連3文書を年末に改定し、そこで増強の具体像を明らかにする方針だ。

 そこへ向けた総合的な検討を担ったのが有識者会議で、報告書は防衛力の抜本強化策として、相手国のミサイル発射拠点を攻撃する反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有などを要求。同時に、その財源確保へ「幅広い税目による負担」が必要と増税に踏み込んだ。

 報告書は国民全体に負担を求め国債発行で賄うことを戒めてもおり、その点は理解できる。だが共同通信の世論調査で財源は「防衛費以外の予算の削減」が適当とする回答が35・4%と最多だったように、第一に取り組むべきは断固とした歳出の見直しと冗費削減だ。

 日本は国債残高が1千兆円を超え主要国最悪の財政状態にある。今回の防衛費見直しを、新型コロナウイルス対応を機に急膨張した歳出全体の適正化への糸口としたい。

 国会審議中の国費29兆円を投じる総合経済対策のような「規模ありき」の財政運営からは、決別する時だ。放漫な経済対策や予算編成を重ねた結果、過去2年度は20兆~30兆円もの使い切れない繰越金が発生した。このような節度を欠いた予算と国債頼みを許した日銀の金利抑制策と合わせ修正が求められる。

 政府は財政健全化のため基礎的財政収支(プライマリーバランス)を2025年度に黒字化する目標を掲げる。防衛費の上積みにより目標達成が不透明とならぬよう、岸田文雄首相は健全化への揺るがぬ姿勢を改めて明確にすべきだ。

 仮に防衛力強化へ増税するとしても順番があり、まず大企業と高所得層を対象とするのが適当だ。

 コロナ禍や物価高騰にもかかわらず企業収益は全体として堅調が続く。それでも賃上げは依然抑制的で、「内部留保」に当たる利益剰余金は21年度まで10年連続で過去最高を更新した。安倍政権下で法人税が減税された点や、東日本大震災の復興財源のための上乗せ税が企業については前倒しで打ち切られた点などを考えれば、今回は企業増税の番である。

 高所得層については、所得税の最高税率の引き上げや株式配当などにかかる金融所得課税の強化を急ぐべきだろう。岸田首相自身が分配強化の具体案として、昨年まで主張していたことを忘れたわけではあるまい。

 所得が増えない中で家計はこの10年ほどの間に2度の消費税増税、社会保険料の引き上げ、そして足元のインフレに苦しんできた。防衛強化へ一層の負担を家計に求めることで、国力の中核である経済を損なうリスクを見過ごしてはならない。