松江市内で栽培されたハマダイコン(2002年撮影)
松江市内で栽培されたハマダイコン(2002年撮影)

 四季折々の出雲地方の食文化を、約300編の随筆で余すところなくつづった『松江食べ物語』(山陰中央新報社)は小欄でも度々お世話になっている名著だ▼著者の荒木英之氏(故人)に割子(わりご)そばのことを教わったのが、ちょうど20年前。「そば」については著書に出てくる食材の中で最も多い13編を記している。ネギ、のり、大根と削り節の欠かせぬ4種の薬味の話に至ったところで「辛み大根のおろしが付いていないのはそばではない」と語っていた姿を、新そばが出回る晩秋になると思い出す▼かつては宍道湖の北岸に自生する天然物が由来のハマダイコンが定番だったが、荒木氏を取材した頃は栽培農家が少なくまれにしか手に入らない状態になっていた。その後、島根大の農場で品種改良がされた結果、「出雲おろち大根」が登場し、歴史がつながれている▼辛さと共に魅力なのが、おろした時の水分の少なさである。つゆを薄めることがない。仲間内で毎年開く新年のそば会で持参すると大変喜ばれるのだが、いつもは売っていたスーパーマーケットで今年はたまたま手に入らず、他県産の辛み大根をおろしたが、水分量が違った▼食べ物語に出てくる冬の食材は、この大根のほか、佐藤栄作元首相がおかわりを何度もしたというソゾ(海藻の一種)の三杯酢など、当方が見たこともない珍品もある。改めて出雲の山海の趣深さを知らされる。(万)