アコーディオン奏者といえば、本紙で紹介した2人のほかに忘れてはいけないのが、米国のアル・ヤンコビック。パロディー・ミュージシャンとして数々の名曲の替え歌で笑わせてくれた。正式なアーティスト名はウィアード・アル・ヤンコビック(“Weird AL” Yankovic)。ウィアードは「変な」という意味である。
今から約40年前の高校生の頃だった。時代の寵児(ちょうじ)となったマイケル・ジャクソンの「今夜はビート・イット」の替え歌「今夜もイート・イット」でさっそうと音楽シーンに躍り出た(米ビルボードシングルチャート12位)。もじゃもじゃ頭にちょびひげ、度の強そうな眼鏡という、コメディアンとしては完璧なルックス。ミュージック・ビデオではマイケルばりのダンスを繰り広げつつ、大技、小技のお間抜け演技で爆笑を誘った。
当時、米国で既に発売されていた彼の2枚のアルバムからパロディー曲を集めて1984年に発売された日本独自のアルバムが「スリだー」。もちろんマイケルの「スリラー」をもじった日本だけのタイトルで、ジャケットも「スリラー」のパロディー。本家のアルバム「スリラー」は友達から借りて聴いたが、「スリだー」のほうは迷わずLPレコードを買った。“真面目な”ロック界で実績のあるリック・デリンジャーがプロデュースとギターを担ったアルバムは、元歌が当時のさまざまなアーティストのヒット曲ばかりだから、つまらないはずがない。英語や米国文化が分からないハンディはあっても、彼の歌いっぷりに表情は緩んだ。
21世紀になってからも、はやりの歌の替え歌をリリースし続け、パロディー歌手として不動の地位を築いたアル・ヤンコビック。どんなことでもこだわり抜いて続けることの価値を、パロディーを極めた男が教えてくれた。そんな彼の原点ともいえる「スリだー」は、やはり忘れがたい名作。収録11曲を振り返ってみたい。
【A面】
1.今夜もEAT IT(EAT IT)
繰り返しになるが、元歌はマイケル・ジャクソン「今夜はビート・イット」(BEAT IT)=83年、米ビルボード1位。英語のBEAT ITは「うせろ」「行っちまえ」といった意味。マイケルはこの歌で、けんかなんてかっこ悪い、戦わずに逃げろと非暴力を訴えた。ヤンコビックは、好き嫌いなんてだめ、イート・イット(それを食え)、イート・イット(それを食え)と何でも食べるよう訴えた。4年後、同じマイケル・ジャクソンの「BAD」の替え歌「FAT」のミュージック・ビデオでヤンコビックは巨漢になっていた。
2.ロッキーX3主題歌「ライ・オア・ザ・カイザー」(THEME FROM ROCKY X3) ※X3は「13」
元歌はボクシング映画「ロッキー3」主題歌のサバイバー「アイ・オブ・ザ・タイガー」(EYE OF THE TIGER)=82年1位。映画「ロッキー3」で、落ちぶれたロッキー(シルベスター・スタローン)は盟友アポロ(カール・ウェザース)から「虎の目を取り戻せ」と活を入れられる。元歌で「The Eye Of The Tiger(虎の目)」と歌うさびは「The Rye Or The Kaiser=ザ・ライ・オア・ザ・カイザー(ライかカイザー)」に。ライは「ライ麦パン」、カイザーも「カイザーロール」というパンを表すようだ。「ライ麦パンかカイザーロールはどう? 今夜の特価品だよ」などと歌う。これも食べ物の歌である。
3.アイ・ラヴ・ロッキー・ロード(I LOVE ROCKY ROAD)
元歌はジョーン・ジェット&ザ・ブラックハーツ「アイ・ラヴ・ロックンロール」(I LOVE ROCK’N ROLL)=82年1位。ロッキー・ロードとはチョコレートアイスクリームの一種らしい。アイスのフレーバーはロッキー・ロードでなきゃと歌う。これまた食べ物の歌。アコーディオンの音色が存在感を発揮する。
4.キング・オブ・スエード(KING OF SUEDE)
元歌はポリス「キング・オブ・ペイン」(KING OF PAIN)=83年3位。元歌は「苦しみの王(KING OF PAIN)になるのが僕の運命」と、スティングが深遠な雰囲気で歌う。PAINから置き換わるSUEDEは革のスエード。いろいろな生地を取りそろえているけど、特にスエードの品ぞろえが豊富で「スエードの王様」と呼ばれるお店の歌。スエードのパジャマやスエードの下着もあるそうな。店主は「スエードの王様になるのが僕の運命」と覚悟を決めている。
5.クイズ・ジェパーディ(I LOST ON JEOPARDY)
元歌はグレッグ・キーン・バンド「ジェパーディ(危険がいっぱい)」(JEOPARDY)」=83年2位。Jeopardyは「危険」の意味。元歌が「Our love’s in jeopardy」と歌うところを、「I lost on Jeoprdy(ジェパーディで負けちゃった)」と歌う。ここでのJeopardyは米テレビのクイズ番組名(日本の「クイズグランプリ」はこの番組をまねたらしい)。そういうわけでミュージック・ビデオ(MV)はクイズ番組の設定で展開する。MVのラスト、クイズに負けたヤンコビックはオープンカーの後部座席に放り投げられる。運転席にいるのは結婚式を終えたばかりのような新郎新婦。振り向いてニヤリと笑う新郎は、なんと元歌を歌っているグレッグ・キーン。元歌のMVはグレッグ・キーンが新郎役となって結婚式を舞台にコミカルに展開し、最後は新郎新婦がオープンカーで走り去る結末となっている。元歌と替え歌のMVがつながっているのである。
6.マイ・ボローニャ(MY BOLOGNA)
元歌はザ・ナック「マイ・シャローナ(MY SHARONA)」=79年1位。マイ・ボローニャのボローニャはボローニャ・ソーセージ(牛・豚肉の大型ソーセージ)のこと。ボローニャ愛をザ・ナック並みに激しく歌う。またもや食べ物の歌。
【B面】
1.リッキー(RICKY)
元歌はトニー・バジルの「ミッキー」(MICKEY)=82年1位。替え歌は1950年代に米国のテレビで放映された人気ホームコメディー「アイ・ラブ・ルーシー(I LOVE LUCY)」を題材にしているという。スタジオのセットで役者が演じ、客の笑い声が入るタイプのコメディーである。主人公のルーシーとその夫リッキーのやりとりを一発屋ヒット曲「ミッキー」のメロディーに乗せた。日本で言うなら、「渡る世間は鬼ばかり」や「おしん」をネタにするような感じか。
2.ブレイディ・バンチ(THE BRADY BUNCH)
元歌はメン・ウィズアウト・ハッツ「セーフティ・ダンス」(THE SAFTY DANCE)=83年3位。THE BRADY BUNCHとは1960年代末から70年代前半まで米国のテレビで放映されたホームコメディー。日本でも「ゆかいなブレディ一家」として放映されたらしい。「消してくれ、ブレイディ・バンチだけは見せないでくれ!」と歌う。逆に見たくなる。
3.嘆きの点数(STOP DRAGGIN’ MY CAR AROUND)
元歌はスティーヴィー・ニックス・ウィズ・トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ「嘆きの天使」(STOP DRAGGIN’ MY HEART AROUND)=81年3位。フリートウッド・マックのスティーヴィー・ニックスがリリースしたソロデビューアルバムのファーストシングルで「私の心を引きずり回すのはやめて」と歌う。HEART(心)がCAR(車)に置き換わり、愛車がレッカー移動され「おれの車を引きずり回すのはやめてくれ」と嘆く気の毒な男の歌になった。
4.遅刻へ道づれ(ANOTHER ONE RIDES THE BUS)
元歌はクイーン「地獄へ道づれ」(ANOTHER ONE BITES THE DUST)=80年1位。元歌は、銃声が響き、また一人、また一人と倒れていく、戦場を思わせる厳しい状況の歌。ヤンコビック版は、満員のバスにまた一人、また一人と客が乗り込み、脇腹にはスーツケースの角が当たり、鼻腔(びくう)には一年も風呂に入っていないような男の異臭が刺さる。こちらも厳しい状況ではある。bite the dust(土をかむ)は熟語で「殺される」。ride the busは単に「バスに乗る」。
5.ポルカズ・オン・45(POLKAS ON 45)
アコーディオンを弾きながら、ディープ・パープル「スモーク・オン・ザ・ウォーター」、ビートルズ「ヘイ・ジュード」、ザ・ローリング・ストーンズ「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」などのヒット曲を歌うメドレー。個々の曲が替え歌になっているわけではなく、ヒット曲のメドレーという形式が、ビートルズなどのメドレーソングで80年代初頭に流行した「スターズ・オン・45」のパロディーというわけである。
(洋)
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