2021年12月の自主公演で校歌を歌う3人。左から常松博樹さん、石飛圭祐さん、曽田昇吾さん=雲南市木次町・チェリヴァホール(大門誠弥撮影)
2021年12月の自主公演で校歌を歌う3人。左から常松博樹さん、石飛圭祐さん、曽田昇吾さん=雲南市木次町・チェリヴァホール(大門誠弥撮影)

 2022年度、全国五つの映画祭で入賞・入選し、演劇関係者や高校演劇界で反響を呼んだドキュメンタリー映画がある。タイトルは「走れ!走れ走れメロス」。全校生徒70人、島根県で最も小さな公立高校に通っていた男子生徒と顧問の7カ月を追った作品。演劇を知らず、校内でも有名な「迷惑」生徒が、太宰治の「走れメロス」を題材にした演劇に挑戦。新型コロナウイルス禍という逆境を乗り越え、回を重ねるごとに舞台上で躍動し、快挙を成し遂げる姿が描かれる。記者も東京で作品を鑑賞し心を打たれた1人。生徒たちを変えたのは何だったのか。(Sデジ編集部・鹿島波子)


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ドキュメンタリー映画「走れ!走れ走れメロス」のチラシ表紙

 

▼「迷惑を掛ける3人」

 主人公の生徒は、三刀屋高校掛合分校演劇同好会の曽田昇吾さん(18)、常松博樹さん(18)、石飛圭祐さん(18)、佐藤隆聖さん(18)。彼らの高校生活を変えたのが当時担任であり、顧問の亀尾佳宏教諭(49)との出会いだった。

 小規模校の掛合分校には通年の部活がなく、演劇同好会は夏休み明けから島根県高校演劇発表大会の地区大会に向けて活動する。2021年7月、夏休み前、演劇部を指導していた亀尾教諭が終礼の際に声を掛けたのが、当時2年の曽田さんだった。入学時から担任として見ていたが、曽田さんは1年のころクラス内でもめ事を起こし、一時停学になるなどやんちゃな一面があった。しかし、国語の授業で教科書をいい声で読み上げたり、ボイスパーカッションしながら掃除をしたりするなど意外な一面を見て、亀尾教諭は「演劇をやったら面白そうだな」と内心思っていた。

 夏休み明けで集まったのは、1年時から照明をする佐藤さん、演者は2年目の常松さん、石飛さん、そして新入りの曽田さん。曽田さんと他の演者2人は仲が良かったが「授業をまじめに受けない、協調してやるのが苦手な、迷惑を掛ける3人」(亀尾教諭)。亀尾教諭は「この組み合わせでやるか!?」と頭を抱えた。

 

 最初に演目を話し合った。その際、新入りの曽田さんがすぐ「走れメロス」と応えた。たまたまSNSで「1分で分かる走れメロス」を見かけ、小学生の時の薄い記憶が掘り起こされ、面白さを感じたばかりだった。「面白いね」亀尾教諭も呼応し、すぐに脚本に着手した。

映画のワンシーン。稽古をする掛合分校の廊下を歩くメンバー

 

▼個性が生きる

 いきなり短期間でのセリフ覚えは難しいだろうと、台本を見ながらの朗読劇を採用した。3人とも同じ配分でセリフを付けていたが、声のいい曽田さんがスラスラと朗読する一方で、常松さん、石飛さんの2人はうまくいかなかった。空手や剣道を続けており体力のある常松さんは体を動かすのは得意。メロス役としてひたすら走り、曽田さんの朗読に合わせて言葉ではなく身振り手振りで表現する「マイム」で演じるとハマった。石飛さんには「とにかく一生懸命やれ」と指示。「必死にやっているが、少しズレている」(亀尾教諭)ところがいい味を出し、波打つ濁流の川などを体の動きで表現した。

 さらにメンバーの特技もスパイスとなった。劇中で、曽田さんがマイク片手にラップやボイスパーカッションを披露すると、横で常松さんが空手の形で呼応。最初はバラバラだった3人の個性が生き始め、徐々に劇としての形を成すようになった。

映画のワンシーン。舞台の終盤、校歌を披露する3人

 

▼会場を一つにした校歌

 稽古期間はわずか3週間未満の中、まずは突破を狙った9月の地区大会。ぎこちなくも必死に演じきったが、現実は甘くなかった。1次審査で敗退。ただ、コロナ禍で無観客大会となった分「満席の会場で演劇やりてぇな」との思いが全員に募った。3カ月後の2021年12月に、地元の方に見てもらう機会を作ることにした。

 演劇の最終盤、生徒たちが卒業について話し、歌うシーンがある。地区大会で歌ったのは「仰げば尊し」だったが、亀尾教諭は「やっぱり校歌がいいんじゃない?」と提案した。これまで式典ごとに当たり前にあった校歌斉唱は2020年春、コロナ禍で突如失われた。その春に入学した彼らにとって、3年間で校歌を歌えるかどうかも分からない。と同時に、見ている人たちにも「校歌が歌えない」いう事実を、シーンを通して知らせたかった。募る校歌への思いに生徒たちも呼応し、歌詞も知らなかった4人は校歌を練習しだした。

 

 迎えた自主公演本番。会場の雲南市木次町のチェリヴァホールは、コロナ禍で席の半分しか使えなかったが、ほぼ満席の200人の観客が集まった。どんな反応が返ってくるのか。初めての有観客公演だったが、心配は無用だった。「卒業式までに、満席の劇場で演劇したーい!」終盤、それぞれ自分に戻って叫ぶシーンで、観客からは自然と拍手が沸き起こった。校歌を歌い始めると、それに合わせて手拍子が鳴る。地域の住民が高校生を応援するかのように、会場に一体感が生まれていた。

「若手脚本家コンクール」最終審査が行われた、演劇の聖地・下北沢にある劇場の公演一覧。最終審査の1年後、最優秀賞受賞者記念公演で再び同じ舞台に立った=2023年3月11日、東京・下北沢

 

▼もう一つの奇跡

 自主公演はもう一つの奇跡を起こした。亀尾教諭が「若手脚本家コンクール」の1次審査を通り、2次審査として審査員に、自主公演の通し稽古を見てもらう機会を得た。それが審査員に高い評価を受けて、2次審査を通り、2022年3月に演劇の聖地・下北沢(東京都)で行われる最終審査で上演することになったのだ。

 最終審査に残った他のメンバーはプロの劇団員ばかり。すぐ目の前には客席が段状に並び、これまで経験のない舞台だったが、気負うことはなかった。曽田さんがよく通る声で朗読を進め、場面転換でボイスパーカッションも華麗に披露。語りに合わせて、メロス役の常松さんは汗だくで走る姿を、石飛さんは自然現象やチョイ役を見事に演じた。うそのない真っすぐな表現は、気づけば最高得点をたたき出していた。

映画のワンシーン。上段左から曽田昇吾さん、常松博樹さん、下段左から石飛圭祐さん、佐藤隆聖さん

 

▼それぞれの進路

 今春、4人は卒業を迎えた。曽田さんは、初めて経験した演劇の魅力にどっぷりハマり、亀尾教諭が主宰する劇団にも参加。3年時には一人芝居で県大会最優秀賞を獲得し、中国大会で見事3位の好成績を収めた。今年4月からは、東京の劇団「文学座」の研究生として、新たな道を歩み始めた。

 短気だった常松さんは、演劇に携わったことで自身を見つめ直す時間になったという。「ちょっとは優しい人間になったかな」。格闘技への憧れも抱きつつ、自衛隊員として、まい進していく。石飛さんは介護の道に、照明の佐藤さんは島根県立農林大学校に進学した。

 

 2023年3月22日、松江市殿町の県民会館であった卒業公演。再び4人は結集し、集大成の舞台を演じきった。そして舞台の上で、大声で叫んだ。「卒業式、マスクありだったけど、俺らは超でけー声で校歌歌ったよな」「10年後、県民会館中ホールで走れメロスやります!」「こいつらとまた、演劇したい!」3人横並びで片腕を振って掛合分校の校歌を歌うと、観客席からは満場の拍手が鳴り響いた。

卒業公演、本番さながらに臨んだ最終リハーサルの様子=2023年3月22日、松江市・島根県民会館中ホール


 彼らの高校生活を変えた演劇との出会い。奇跡のような7カ月を過ごした彼らが、それぞれの人生で紡ぐこれからの物語にも、注目していきたい。

都内の映画館「下北沢トリウッド」で上映後、舞台あいさつしたメンバーら。 一番左が亀尾佳宏教諭。前列が監督の折口慎一郎さん=2023年3月11日、東京・下北沢トリウッド

 

<メモ> ドキュメンタリー映画「走れ!走れ走れメロス」

 本編53分▽監督・編集:折口慎一郎▽出演:曽田昇吾、常松博樹、石飛圭祐、佐藤隆聖、亀尾佳宏。元新聞記者の折口慎一郎監督が、島根県立三刀屋高校掛合分校の演劇同好会の活動に密着。演劇素人の高校生たちが舞台に立つまで、成長の軌跡を追った作品。第14回下北沢映画祭で審査員特別賞、観客賞など4部門を受賞したほか、第26回うえだ城下町映画祭・第20回自主制作映画コンテストで実行委員会特別賞、第42回「地方の時代」映像祭2022で市民・学生・自治体部門優秀賞、東京ドキュメンタリー映画祭2022入選など。