トルコ・イスタンブールで支持者を前に演説するエルドアン大統領=5月(ロイター=共同)
トルコ・イスタンブールで支持者を前に演説するエルドアン大統領=5月(ロイター=共同)

 トルコの大統領選挙でエルドアン大統領が再選された。政権掌握から約20年、強権色を強めてきた同氏は今後さらに保守化するとの観測がある。懸念されるのはLGBTなど性的少数者の人権や、報道の自由に対する侵害だ。国際社会に受け入れられた価値を、踏みにじってはならない。

 トルコは欧州連合(EU)加盟の夢を捨ててはいないはずだ。そうであれば、イスラム教保守層を重視するあまり性的少数者を「異常者」と呼んで、多様性を否定する政治は改めるべきだ。エルドアン氏が党首を務める親イスラム政党、公正発展党(AKP)が昨年発表した婚姻関係を男女間のみに限定する憲法改正案は、欧州の価値観に反する。

 報道に対するエルドアン政権のあり方にも強い疑問が残る。2022年7月にはトルコのメディア規制・監督機関がドイツ公共放送と米政府系メディアのウェブサイトを遮断した。その後も「偽ニュース」規制法案が成立するなど言論統制の動きも急だ。現地からは「自由に物が言えない」と反発する若者の声が上がっている。こうした不満は、大統領選で野党統一候補クルチダルオール氏を得票率で4ポイント程度まで肉薄させた原動力の一つだ。決選投票を前に票欲しさから移民排斥を訴える極右政党にすり寄ったエルドアン氏の選挙戦術も、反移民感情に火を付ける恐れがある。

 地理、文化的に東洋と西洋の境界に立つトルコは長年、国家の自画像に悩んできた。民族的に違うアラブ諸国とは一体感を築けず、国民の大半を占めるイスラム教徒のあつい信仰心は社会のイスラム化を希求、時として建国の父、ケマル・アタチュルクが国是として残した政教分離主義と相いれなかった。EU加盟は交渉入りしたものの、人権問題などが障壁となり棚上げが続く。

 北大西洋条約機構(NATO)の一員でありながら、ロシア製地対空ミサイル「S400」を導入したのは、防空体制で欧米に頼り切ることはできないと判断したためだが、米国からは最新鋭ステルス戦闘機F35計画からの排除という形で不信感を突き付けられた。本来は国内問題であるクルド人の分離独立運動を絡め、スウェーデンのNATO加盟承認を渋るトルコには、NATO全体が振り回されている。

 一方、こうした独自の外交が力を見せたのが対ロシア関係だった。昨年2月、ロシアとウクライナの間で緊張が高まる中、エルドアン氏は各国指導者が二の足を踏むのを尻目にウクライナの首都キーウ(キエフ)を訪問、ゼレンスキー大統領と会談した。侵攻に反対を貫きながらもロシアとは関係を維持、国連を引き込んでウクライナ産穀物の輸出停滞問題に解決策を示した。世界の食料安定供給が脅かされる中での仲介努力は、高く評価された。

 そこで立ち止まってはなるまい。ロシアとウクライナにチャンネルを維持してきたバランス感覚と調整能力を発揮し、双方から停戦合意を引き出す努力を期待したい。同時に、国内若者らの間に充満する批判と不満に真摯(しんし)に耳を傾けるべきだ。国際社会からの評価を一層高める一方で、人権や自由といった普遍的な価値観を調和させた国家像の再構築こそが、エルドアン氏が目指す「公正と発展」の道だろう。