せっかちでこらえ性がなく、何かというとすぐに怒鳴る。家ではいつも威張っていて、4人の子どものおむつを、ただの一度も取り替えたことがなかったという▼作家の向田邦子さん(1929~81年)が、子ども時代の思い出を中心に綴(つづ)ったエッセー集『父の詫(わ)び状』に、たびたび出てくる父親の姿だ。半面、思わず苦笑してしまう子ども思いのエピソードもある。気持ちの表し方が不器用だったようだ。これが戦前世代の記憶に残る典型的な父親像なのだろう▼その時代から既に約80年。戦後、男性優位の家制度が廃止され、女性の社会進出が進んだこともあって父親像は変化。その存在感は薄れていった。今では少子化対策の一環として、男性が積極的に育児に参加する「イクメン」が推奨される▼ただ「優しくて協力的な父親」を目指すだけでいいのかと思う。向田さんが書いたような戦前の父親像は論外としても、母親とは違った役割や存在感も、子どもの成長にとって大事な気がする▼6月第3日曜日のきょうは「父の日」。心理学者の河合隼雄さん(1928~2007年)が著書で、ほっとするような子どもの詩を紹介している。<おほしさんが一つでた/とうちゃんがかえってくるで>。児童文学作家・故灰谷健次郎さんの本にある幼い男の子の作だという。求められる父親像は変化しても、子どもに存在感が伝わる「父」でありたい。(己)