小泉八雲記念館で開催している、セツの企画展の展示品に見入る来場者∥松江市奥谷町
小泉八雲記念館で開催している、セツの企画展の展示品に見入る来場者∥松江市奥谷町

 幕末の棋士・本因坊秀策はコレラの流行時、周囲の反対を聞かず病人を看護し自分も感染して33歳で死んだ。という話は多くの囲碁好きが知り、普段は気にしない。しかしコロナの感染を恐れた時期は生々しかった。棋譜が表す冷静沈着な性格の秀策がなぜ、危険を冒したのか想像した。

 何かをきっかけに行為や人生の重みを実感させられることがある。明治の松江を舞台にしたNHK連続テレビ小説『ばけばけ』の主人公は文豪・小泉八雲の妻・セツがモデル。没落士族の娘だ。連想したのが歌劇の名作『蝶々(ちょうちょう)夫人』(プッチーニ作曲)。

 架空の人物ながら、蝶々も明治の長崎を生きた没落士族の娘で芸者になった。15歳で米海軍士官と結婚。ところが離日した夫は別の米国人女性と結婚し、蝶々はわが子も奪われ自害する。18歳だった。セツの境遇と重なり、あり得る話に思えた。

 かつて『蝶々夫人』を劇場で見たが、今思えばもったいないことをした。いちずに夫を愛し、帰りを待ちわび、だまされたような蝶々に、当時は魅力を感じなかった。東洋の女性に対する偏見だと冷笑するうちに終演した。今は蝶々はあのように生きるしかなかったように思う。

 蝶々は自害する前、父の形見の短刀にある銘を読む。「名誉のために生きられなければ、潔く名誉のために死ね」。『ばけばけ』の放送がそんな明治という時代に目を向けるきっかけになればと願う。(板)