静岡県で1966年に一家4人を殺害したとして強盗殺人罪などで死刑が確定した袴田巌さんの再審公判を巡り、検察は有罪立証の方針を明らかにした。最高裁の審理を経て、東京高裁は3月に再審開始を決定。検察は最高裁への特別抗告を断念して受け入れ、弁護団を交えた3者協議で静岡地裁から立証方針を示すよう求められていた。
再審公判では、確定判決で犯行時の着衣とされた「5点の衣類」に付着していた血痕の「赤み」が再び焦点になろう。衣類は事件の1年2カ月後に現場の近くで、袴田さんの勤務先だったみそ製造工場のタンク内から、みそに漬かった状態で見つかり、犯行後に袴田さんが隠したとされた。
高裁決定は「1年以上のみそ漬けで赤みは消失し褐色化する」という弁護団の実験結果を全面的に認めた。衣類は発見前の短期間しか、みそに漬かっていなかったことになり、事件直後に逮捕された袴田さんが隠すのは不可能と判断。捜査機関による捏造(ねつぞう)の可能性が極めて高いと指摘した。検察は補充捜査で、赤みは残り得ると立証できると判断したとみられる。
有罪立証によって再審公判が長引くのは避けられない。これまで再審請求に40年以上を費やしてきた袴田さんは87歳になり、逮捕以来の長期拘束による拘禁症状が残る。支え続ける姉ひで子さんも90歳。集中審理で早期判決を目指すべきだ。
静岡地裁は2014年3月に再審開始を決定したが、その後、検察がこれを不服として即時抗告。東京高裁による決定取り消し、弁護団の特別抗告、最高裁から高裁への審理差し戻しという経過をたどり、最初の決定から再審確定までに9年を要した。長期化の大きな要因が検察の抗告だ。
他の再審事件でもそうだが、裁判所が確定判決に疑問を呈し再審を認めても、DNA型鑑定のような決定的な証拠がない限り、検察は抗告を繰り返し、徹底的に争う。
だが冤罪(えんざい)被害者の救済という再審制度の目的を軽んじていないか。例えば、鹿児島県で44年前に男性の遺体が見つかった大崎事件。先月、福岡高裁宮崎支部は殺人罪などで懲役10年が確定し服役した95歳女性の再審を認めない決定をした。男性の死因が他殺か事故死かが主な争点。02~18年に第1次請求で鹿児島地裁が、第3次で地裁と高裁支部が再審を認めた。
しかし検察の抗告により、いずれも上級審で覆った。「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則が再審にも適用されるという1975年の最高裁決定がかすんでしまったように見える。英国やドイツのように再審開始決定に検察が抗告できない仕組みにすべきだとの意見もある。
ただ制度見直しには時間がかかるだろう。その前に、まず検察が再審開始決定に抗告せず、できるだけ速やかに再審公判に臨む姿勢に転じることを考えるべきだ。真相解明よりメンツを重んじ、有罪維持にこだわっているとの批判は根強い。
袴田さんを巡る高裁決定は検察の実験についても精査し「弁護側鑑定の見解を裏付けると言える」と結論を出した。検察の完敗だった。それでもなお有罪立証する必要があるという判断に至ったことは否定しないが、迅速かつ時間を費やすに値する立証か、厳しい視線が注がれているのを忘れてはならない。