空き倉庫を活用したという店は、ほっと息がつける隠れ家のような雰囲気。2年前、鹿児島県霧島市の中心市街地、JR国分駅前の飲食店街にオープンした地元のクラフトビールを扱う専門店で、店主の永川祥平さん(37)がカウンター越しにほほ笑みながら、開店1年前を振り返った。
「人見知りで、ただただ不安だった」
▽面白い街へ熱気
隣の姶良(あいら)市出身。エンジニアとして勤務した海外でそれぞれの国の文化として根付くビールの魅力を知り、米国でビール醸造を学んだ。霧島市に店を出すきっかけは市内であったイベント「マルシェ」だった。
飲食店を中心に50~60店舗がテントを並べるその場所で、街を面白くしたいという人の熱に触れた。外から来ても受け入れてくれる雰囲気があった。「一緒に盛り上げたい」という「一人のファン」のような気持ちが湧いた。
「霧島にいるとコミュニティーの輪が広がっていく。住民が寄り合ってにぎわいを生み出そうとする雰囲気が心地いい」。ビールを注ぎながら、そうかみしめるように話す。週末は近くの飲食店と一緒にイベントに参加するという。
中心市街地の空洞化や若者の流出にあえぐ地方都市の一つだった霧島。2020年から延べ約2千人が関わってきたまちづくりプロジェクト「LIVE KIRISHIMA(ライブ キリシマ)」が流れを変えた。
空き家などの遊休不動産を生かして街を再生する「リノベーションまちづくり」に着目。21年10月に不動産業者と出店希望者を集め、遊休不動産の活用について考える「リノベーションスクール」を開いた。
市内外から参加した30人が3日間の日程で、現場を歩き、どう利用できるのか具体的なビジネスプランを話し合い、霧島産の焼酎バー、「DIY」で造ったサウナなどのユニークな事業が立ち上がった。
他にも、子育て中の女性の起業を支援する「女子起業ラボ」など七つのセミナーを開催。「えんがわマルシェ」、シェアハウス、飲食店など、次々と遊休空間を活用した事業が生まれた。
永川さんが参加したマルシェを含め、市職員の「部活動」と銘打ちイベントを仕掛けてきた市商工振興課の勘場拓斗主任主事は、プロジェクトとの相乗効果で「若者を中心に面白い人が面白い人を呼び、つながりが広がり始めている」と実感する。
▽挑戦できる環境
国分地区で空き家を活用し1階でカフェ、2階でコワーキングスペースを営む松本一孝さん(43)は、UIターン者と地元企業の「出会いの場」として利用されているのを喜ぶ。
地区リーダーとしてプロジェクトにも関わり、街のムードが変わっていくのを肌で感じてきた。「若者から高齢者まで、地元住民の理解を得られたのは大きかった」。若者の力がうねりとなる中、「受け入れる側」との関係づくりをポイントに挙げる。
全国でリノベーションまちづくりを展開するリノベリング(東京)の代表取締役、清水義次さん(74)も「一つ挙げるとすると」と前置きし、成功の条件をこう語る。「年配の人だけが牛耳っている街は昔の考えが残り絶望的。若者がチャレンジしやすい環境を街全体でつくることが必要だ」
その点、霧島は、人が人を呼び、つながる輪の中に、コミュニティーをつくってきた住民たちと若者が酒を酌み交わし、交流を楽しむ光景がある。「リフォーム」ではなく「リノベーション」。単なる空き家改修で終わらせず、新しい価値を一緒になって高めようという街の本気度が、そこに表れている。
(佐野翔一)