思わず「おしゃれ」と言いたくなる。インターネット関連会社GMO(東京都渋谷区)とグループ会社がそろって入居するJR宮崎駅近くのオフィス。白と茶色を基調にした落ち着いた空間で若い社員たちがパソコンに向かう様子からは、ここが以前、パチンコ店だったとは思えない。
サテライトオフィスを設けた本社を含め、宮崎市内に2013年から18年にかけて関連5社が進出。各社の連携強化を目的に、市内2カ所に分かれていた拠点を、21年にこの元パチンコ店1階にまとめた。
約250人の新規雇用を生み、その99%が宮崎県出身。宮崎市出身で、関連会社「GMO NIKKO」のエリア事業本部シニアマネジャーを務める渡部司さん(35)は、13年の進出以来、大きくなっても変わらない組織のまとまりは「一致団結しやすい県民性があったから」とみている。その県民性が生かされるのも、魅力がある職場があってこそだ。
▽未経験者も採用
宮崎市の中心市街地を形成する南北1・5キロ、東西1・3キロのエリアには現在約120のIT関連企業が集まる。そのうち情報セキュリティー会社「クラフ」で、森本匠さん(25)は昨夏、再就職を果たした。オフィスがきれいで、パソコンを扱う姿がかっこいいと、学生時代からIT企業に憧れがあったが、県外から帰郷して就職したのは銀行だった。IT未経験者だからと諦めていた。
ユーチューブで目にした求人広告でクラフが未経験者の採用に力を入れていると知り、視界が開けた。入社後6カ月間、ITの基礎や社独自のセキュリティー診断マシンの使い方を学び、セキュリティー診断士としてデビューした。
同社は140人以上いる社員の9割以上が未経験者採用。「宮崎で暮らし、働き続けたい」。同じように夢や希望をかなえた同僚と机を並べる喜びを、日々感じている。
多様なIT関連企業の集積こそ、若者の働く場所の創出と、中心市街地のにぎわい創出のため、宮崎市が打った一手だった。
市郊外の大型ショッピングセンター開店によって買い物客の流れが変わったのが05年ごろ。以来中心部で進んだ空洞化と、地元を離れる若者たちの「働く場所がない」という声の解決策として、15年度から10年間で、空き店舗の総床面積などを基に「3千人」の雇用を掲げた。
その名も「マチナカ3000プロジェクト」。企業誘致とベンチャー、創業に対する支援を柱とし、空きオフィスなどの情報提供とともに、個々のニーズについて相談に応じた。
宮崎空港から10分というアクセスの良さや雄大な自然の中でゴルフ、サーフィンが楽しめる環境も売り込んだ。新型コロナウイルス禍が社会を変え、デジタル化が加速する中、21年度末に3085人と、3年前倒しで目標を達成。22年度末には3350人に増えた。
▽東京と同じ条件
「ITは若者を引き付ける力がある」。元県職員で、産業振興や企業誘致を手がけた永山英也副市長は、宮崎大産学・地域連携センター特別教授兼地域人材部門長として若者の地元定着に力を注いだ経験も踏まえ、こう実感する。
おしゃれで、面白いオフィスが、街の空気を変えているのも肌で感じ、「街が変わればここに残りたい、行きたいということにつながる」と期待する。
デジタル化の進展により、働く側も、雇用する側も、場所や環境をより幅広く選べる時代が来た。さらに言えば、地方も、東京も、同じ条件で選ばれる時代になった。
若者に選ばれる街になるため、いわば条件整備として進められたIT企業誘致。永山さんは「大事なのは人が人を呼ぶ、企業が企業を呼ぶネットワークをつくることだ」と強調する。同じ土俵に立ちさえすれば、ゴルフやサーフィンができる、おいしい食べ物があるという街の魅力がものをいう。企業を呼び、人を呼ぶ仕組みは地域のポテンシャルも引き出し、地方都市の持続可能性を高めていくだろう。
(藤原康平)
次回11日付で「エピローグ」を掲載します。
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