住民基本台帳に基づく人口動態調査で今年1月1日時点の人口が、初めて47都道府県全てで前年を下回った。全国の各自治体で待ったなしの人口減少対策が求められる中、魅力ある地域づくりで活力を生み出しているまちがある。持続可能な街の未来への扉を開く鍵を求め、出雲市を飛び出し、その秘密を探った。
人口150万人の神戸市の西隣、約30万人の兵庫県明石市が「子育てしやすい街」として注目されている。県内で神戸、姫路、西宮、尼崎各市に続く人口は近年増加。結婚を機に移り住む若い世代が多い。
神戸から移り住み、4歳の息子と1歳の娘を育てる佐藤千尋さん(30)もその一人。個人事業主として仕事を抱える傍ら毎日のように子どもたちと訪れる場所がある。JR明石駅前の複合施設5階にある「あかしこども広場」だ。
「上の子の幼稚園の迎え時間まで下の子と待っていたり、上の子がいるときは『ハレハレ』で遊ばせたりしている」
ハレハレとは幼児向けの大型遊具が並ぶ親子交流スペースのこと。広場はほかに、約200種類の乳幼児用のおもちゃを常備し、保育士や幼稚園教諭の資格を持つ子育てアドバイザーが常駐する子育て支援センター、一時保育ルーム、市子育て支援課の窓口など、「子育て」と名の付くものは何でもある。
2年前、西宮から引っ越してきた久慈真子さん(29)は、職場が電車で約40分の大阪市。夫は約25分の姫路で働く。中間を取るなら神戸だったが、夫婦で話し合い「子育て政策が充実している方がいいよね」と決めた。18歳まで医療費は無料で気兼ねなく受診できる。おむつが毎月2パック無料で届く「おむつ定期便」も大助かり。判断は間違っていなかった。
明石市子ども支援課の森岡計民課長は「経済支援に加え、『寄り添う支援』が鍵だ」と強調する。おむつの場合、届けるだけでなく、育児経験があるスタッフが子育ての悩み相談に乗り、親の心の健康状態を把握する。
▼子ども予算2倍
市が「無料化」した子育て支援策は、第2子以降の保育料▽中学生の給食費▽公共施設の利用料―を含む五つ。2013年7月から段階的に実現させた。先頭で旗を振ったのが前市長の泉房穂さん(59)だ。
11年5月から3期12年の在任中、年間126億円だった子ども関連予算を、2倍の258億円に増やした。市議会を中心に猛反対を受けながら、まず額の大きい公共事業を見直し、予算を捻出。毎年度10億円ほど増やしていった。
人口減少、10年続く単年度収支赤字、中心市街地の空洞化など山積する市政課題を前に、就任当初から、子育て支援を最優先にした。泉さんは「明石は交通の利便性が高く、大学や雇用は近隣の街にある。ベッドタウンの特性があった」とその理由を明かす。
子どもは日々成長し、親は靴や服を買い替える。「お金がかかる子育て層の負担を軽減し、浮いたお金が地域に落ちれば、街に活気が戻る」と考えた。
▼次のステージへ
人口は13年から増加に転じた。住基台帳で市長就任直後の11年と、23年を比べると、29万4千人から1万2千人増の30万6千人に。市民税や固定資産税を中心とする税収も、10年間で約30億円増えた。
さらに、まちづくりは次のステージへ。認知症の診断費無料化、診断を受けた人の見守りや外出時の付き添いなどの支援、商店や飲食店の筆談ボードや手すりの設置費用の助成など、独自の取り組みが進む。
目指すのは「誰一人取り残さない街」。泉さんは「ベビーカーの赤ちゃんが泣いていたら周りの人がほほ笑み、お年寄りが荷物を持って歩いてたら『持ちましょうか』と声をかけるようになった。誰に対しても優しい街という誇りを持っている」と胸を張る。
(黒沢悠太)