特別な瞬間に立ち会えた気がして、胸が高ぶった。ちょうど流れてきた曲の出だしの歌詞にあるように。<新しい季(と)節(き)のはじめに 新しい人が集いて 頬そめる胸のたかぶり 声高な夢の語らい…>▼高校野球ファンなら続く歌詞を聴き、ぴんとくるだろう。<ああ甲子園>。選抜高校野球の大会歌『今ありて』である。第65回大会を記念し、1993年3月26日にあった開会式で入場行進曲として初めて披露された。当時、鳥取西高の取材で甲子園入りしていた。30年たった今も、センバツでは60年ぶりとなった同校の勝利とともに記憶に残っている▼作詞は高校野球をこよなく愛した阿久悠さん。シンガー・ソングライターの谷村新司さんが作曲を手がけた。2人は記者席に近いバックネット裏から、開会式を見つめていた▼当時の記事を読み返した。谷村さんは「曲が作り手を離れ、独り歩きしていた。たくさんの人の歌になっていく、うれしさと切なさを感じた」とコメントしていた▼16年前に70歳で逝った阿久さんに続いて、谷村さんが74歳で旅立った。アリス時代の『冬の稲妻』や『チャンピオン』、ソロ歌手として中国でも人気を集めた『昴(すばる)』…。数ある名曲の中で『今ありて』が印象に残るのは、特定の歌手ではなく、多くの人たちによって甲子園で歌い継がれているからだろう。独り歩きした曲はいつまでも、作り手を思い出させてくれる。(健)