脚本家の倉本聰さんには、人生の進路になった言葉がある。<―街を歩いていたら、とてもいい顔をした紳士に出逢(であ)った。彼は、良い芝居を観(み)た帰りにちがいない>。若い頃、本で読んだフランスの劇作家ジャン・ジロドゥの言葉だという▼おとといの日曜日、松江市の殿町界隈(かいわい)にもいい顔をした大人や子どもが大勢いた。中には目を赤くした人も。だけど表情は晴れやかで。県民会館でこの日、県民ミュージカル『あいと地球と競売人』の公演があった▼出雲市斐川町の小学6年だった坪田愛華さんが亡くなる直前に描いた、環境保護の大切さを訴える漫画が原作で、今年は初演から30年の記念公演。節目に花を添えたのは島根県川本町の悠邑ふるさと吹奏楽団によるオーケストラの生伴奏だった。2001年に町内であった「あい地球」を機に結成され、地元で活動を続けてきた。このミュージカルが地域の芸術文化の充実や人づくりに果たしてきた役割を思う▼先日の本紙には、かつての子役たちが再び舞台を踏んだり、演出に携わったりする姿が紹介されていた。県民参加で出演者数は延べ4千人。進む道は違えど、一人一人の心に貴重な舞台の経験が刻まれ、育まれた思いがつながって迎えた30年なのだろう▼再来年の大阪・関西万博での出演依頼も既に届いていると聞く。舞台は進化を続けて、出演者も観劇者もいい顔がもっと増えるに違いない。(史)