長引く物価高に苦しむ家計への支援は必要だ。しかし、日銀の大規模金融緩和や円安など、インフレを悪化させている要因を放置したまま「対症療法」に力を入れるのでは、政策の優先順位を誤っていると言わざるを得ない。所得税の減税がそれに該当しよう。
政府が近くまとめる経済対策について岸田文雄首相は、期限付きの所得税減税を検討するよう自民、公明両党の政策幹部に指示した。先に表明した企業の賃上げを後押しする減税措置などと合わせて今後、与党税制調査会で議論し、年末の2024年度税制改正大綱に反映させる意向とみられる。
11月初旬にも閣議決定する経済対策は(1)物価高対策(2)持続的賃上げと地方の成長(3)国内投資促進(4)人口減少対策(5)国民の安心・安全―を柱とし、所得税減税の検討が最大の目玉になる見通しだ。
この減税には問題が多い。まず首相が「成長の果実である税収増を国民に還元する」と位置づけている点だ。首相の念頭には原資として、当初見積もりから約6兆円上振れし、71兆円余りと過去最高になった22年度の税収があるとみられる。
しかし、昨年度の税収増は、物価上昇に伴う消費税の伸びと円安による輸出企業の利益膨張の寄与が大きく「成長の果実」だとは言い切れない。物価高による想定外の税収増を還元するなら、一部野党の主張する消費税減税の方が理屈が通っていよう。
減税には法改正が必要で、実施する場合も来春以降になる点や、所得税を納めていない低所得者や高齢者に恩恵が及ばないなどの問題もある。低所得世帯に絞った給付金の方が有効との指摘は当然だろう。だが忘れてならないのは、税収増でも国の歳出を賄うには足りず「借金頼み」に変わりはない点である。
毎年度の財政赤字の結果、日本の国債残高は約1100兆円。国内総生産(GDP)比で2・6倍の債務を抱え、主要国最悪の財政状態にありながら「還元」するのが妥当だろうか。
共同通信が今月中旬実施した世論調査では、日本の財政に「不安を感じる」との回答が計82・1%に達した。財政健全化を後回しにした減税は国民の不安を強め、貯蓄に回るだけではないか。
防衛力強化や少子化対策の拡充に伴う国民負担の在り方と、今回の所得税減税との関係もはっきりさせるべきだ。
岸田政権は昨年末、防衛力強化へ法人税や所得税などの増税方針を決めながら、実施時期は決定を先送りしたまま今に至る。少子化対策も同様で、予算拡充を6月に打ち出しながら財源の確保は先送りし、年末にかけて議論するとしている。
これら負担の具体像を曖昧にしたまま所得税減税を先行的にアピールするのだとしたら、国民をあまりにも侮っている。
岸田首相がこのタイミングで減税検討を表明したこと自体、22日の衆参2補選や、今後の衆院解散・総選挙のための選挙対策と受け止められても仕方あるまい。
物価は依然3%前後上がっており、賃上げが物価上昇に追いつかない状態は17カ月続く。原油高騰や企業によるコスト転嫁が要因だが、マイナス金利など日銀の行き過ぎた金融緩和が背景にある点を見過ごしてはならない。その見直しが物価対策の第一歩であろう。