コロナ禍の時に「あなたと、あなたの大切な人の命を守るために」とワクチン接種を呼びかけるキャッチフレーズが浸透した。肝は「あなたの大切な人のため」との文言。人の心理効果を利用して、望ましい行動を促す「ナッジ」(肘でつつく)と呼ばれる行動経済学の理論が活用されているという。先日、松江市で講演した大阪大の大竹文雄特任教授が紹介してくれた▼要は「北風より太陽」である。大竹さんは「特に高齢者は自分よりも周囲のためになる行為を好んで選ぶ」とし、この理論は特殊詐欺防止に応用できると説いた▼山陰両県の特殊詐欺被害が過去最悪の水準で推移している。1~9月の被害額は既に昨年1年間の累計を超えた。流行は「+1」などで始まる国際電話番号を悪用した事例。被害を伝える広報文が届くたびにやるせなくなる。在宅中も留守電にするのが手っ取り早く効果的だが、「かけた人に失礼」と設定しない人が少なくない▼そこでナッジの出番だ。大竹さんは「あなたが留守電にすれば他の人の被害が防げます」とPRするよう提案する。利他的行動を美とする国民性にも合う▼われわれ報道機関は手口や被害を強調する手法で注意喚起してきた。一定の効果はあっただろうが、別の視点の啓発はできなかったのかと気付かされた。自戒を込めてこの場を借りて訴えたい。「あなたの大切な人のために留守電にしませんか」(玉)