岸田文雄首相が年内の衆院解散・総選挙を見送る意向を固めた。国会は、物価高騰を受けた経済対策を裏付ける2023年度補正予算案など十分な審議が求められる課題を抱えている。衆院の解散で国政に空白期間をつくる余裕はない。
首相の判断は妥当だが、岸田内閣の支持率が低迷する中、政権の座を揺るがしかねない衆院選の断行は得策でない、との考えがあったことは想像に難くない。政権延命を目的に解散時期を探るような姿勢は、「岸田政治」への不信感を増幅するだけだと自覚すべきだ。
「まずは経済対策、先送りできない課題一つ一つに一意専心取り組む。それ以外のことは考えていない」。解散見送り報道に関する記者団の質問に、岸田首相はそう答えた。最近の首相の常とう句だが、これまで首相が解散権をちらつかせて政権の求心力を維持してきたことは否定できまい。
今年6月の通常国会最終盤の会見で、衆院解散の可能性について「会期末の情勢をよく見極めたい」と表明。解散権行使を示唆したと受け取られることを承知した上での発言で、野党の抵抗を抑え、最重要視した防衛財源確保法の会期内成立に持ち込んだ。ただ、このときもいったん50%近くまで持ち直した内閣支持率が、マイナンバーを巡るトラブル拡大で頭打ちになり、衆院選には不安を感じていたはずだ。
今の臨時国会では、補正予算案の取り扱いが焦点だった。補正を提出せずに経済対策だけまとめて国会冒頭、提出しても成立前―の衆院解散があり得るとの観測が与野党にあったからだ。首相が9月末に補正提出の意向を示し、10月に入ってから今国会で成立を目指すと明言したことで早期解散論は沈静化した。
さらに年明け以降の解散になったのは、首相が補正成立とともに所得税と住民税減税に関わる税制改正論議を優先させる必要性を感じたためであろう。13兆円超の補正予算案の中身には異論があるが、経済や国際情勢、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)問題を巡り論戦を交わす時間が確保されたのは評価していい。
しかし、何より首相の判断に影響したのは、内閣支持率の下落ではなかったか。共同通信の直近の世論調査で、内閣支持率は28・3%と、12年の自民党の政権復帰以降で最低を記録した。政府は首相の主導によって課税世帯で1人当たり4万円の減税、非課税世帯で7万円の給付を打ち出した。にもかかわらず世論調査では「評価しない」との回答が60%を超え、内閣支持率に直結したとみられる。
減税や給付に否定的な理由には、防衛力強化のための増税方針を踏まえた「今後、増税が予定されているから」に、「財政再建を優先すべきだから」「政権の人気取りだから」が続いた。これでは来年秋の自民党総裁選での再選を狙い、衆院選に打って出るわけにはいかないだろう。そうした思惑も国民に見透かされていると、首相は自戒しなくてはならない。
衆院の解散は、憲法7条の規定をよりどころに首相の「専権事項」とされる。だが、選挙を経た議員の身分を一斉に奪う解散権の行使は慎重であるべきだ。岸田首相は「保身」を図るより、国民の疑問に丁寧に答え、政治への信頼を回復していく必要がある。