核兵器の非人道性に立脚し、核の開発や保有、使用、使用の威嚇を全面的に違法化した核兵器禁止条約の第2回締約国会議がニューヨークの国連本部で開かれ、核抑止論からの脱却を求める政治宣言を採択して閉幕した。同条約は2021年に発効し、93の国・地域が署名、69カ国・地域が加盟する。今会議には被爆者や広島、長崎の両市長が参加し核廃絶の必要性を力強く訴えたが、日本政府の姿はなかった。
米ロ中など核保有国の出席もなかった。一方、北大西洋条約機構(NATO)加盟のドイツやベルギー、ノルウェーに加え、オーストラリアがオブザーバー参加した。いずれも米国の「核の傘」に安全保障を依存しているが、前回同様、禁止条約加盟国の声に耳を傾け、対話する道を選んだ。
オーストラリアのアルバニージー首相は野党時代から「核軍縮に強い個人的な思い入れ」(同国の核専門家)があり、条約にも理解を示してきた。そんなトップの判断が参加を可能にしたとみられ、ドイツなども「政治の決断」あっての行動だったと考えられる。
それに比べ、岸田文雄首相は一貫して後ろ向きだ。連立政権を組む公明党がオブザーバー参加を促したが「条約に核兵器国は一国も参加しておらず、出口に至る道筋は立っていない」と従来の立場を維持し続けた。
その政治姿勢は間違っている。単に被爆国のトップだからというわけではない。核を巡る国際情勢は今、未曽有の危機に直面しており、禁止条約を推進するグローバルサウス、つまり新興・途上国との連携が何より戦略的に重要だからだ。
ロシアのプーチン大統領は昨年2月のウクライナ侵攻以来、幾度となく核の脅しを繰り返し、今年に入って新戦略兵器削減条約(新START)の履行停止を表明。隣国ベラルーシに核を配備し、最近も包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を撤回した。米中対立が先鋭化する裏で中国も核増強を加速させ、米国防総省は30年には核弾頭数が千発を超えると推計している。そうなれば二大核大国の米ロと大差はなくなる。
こんな中ロの動向を受け米国でも「核軍拡を進めるべきだ」との論調が出始めている。米ロ中加盟の核拡散防止条約(NPT)は核廃絶へ向けた誠実な交渉を義務づけているが、これとは全く逆行する、核の役割を強化する動きが進行中だ。
冷戦後、国際社会が築いてきた核軍縮の基盤は深刻な打撃を受け、崩壊への岐路にすら直面しているのかもしれない。
こうした状況を踏まえて締約国会議は政治宣言で、核軍縮に進展のないまま核兵器が存在することは「人類全体への実存的脅威」と指摘。核抑止の永続化が核軍縮の進展を妨害し、核による威嚇は「軍縮・不拡散体制と国際の平和と安全を損なう」と警鐘を鳴らした。
核使用のリスクに現実味があるからこそ、核に明確なノーを突き付けるグローバルサウスの主張に耳を澄まして国際社会全体が中ロへの圧力を強め、米国にも理解を求める時ではないのか。にもかかわらず日本政府内からは「禁止条約は日本の安全保障のことを考えていない」といった批判を聞く。しかし被爆国が同条約を敵対視している場合ではない。対話を進め、次回こそはオブザーバー参加すべきだ。