師走だからなのか。寂しいという素朴な感情が心に広がっている。
脚本家の山田太一さんが89歳で亡くなった。仲介の労を取ったいただいた方がいて一度お会いした。17年前、川崎市内の商業施設。オープンスペースに買い物客がいて、『ふぞろいの林檎(りんご)たち』などテレビドラマの脚本で一時代を築いた国民的作家と相対する場としてそぐわず、極度に緊張した。
今思えば、そこは山田さんの自宅の近くだったかもしれない。飄々(ひょうひょう)と現れ、帰っていった。こちらから何を話したかは記憶にないが、聞いた内容のメモを整理する必要がなかったことは覚えている。
テーマは1984年にテレビドラマの脚本として発表した『日本の面影』。明治中期、西洋の近代化や合理主義に疎外感を持っていたラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が松江で見聞した伝統、人情、霊性に傾倒する様子を、妻セツとの出会いを通して描写した。戯曲としても練り直し、プロ・アマが舞台で演じた。
山田さんは、曖昧なものを許容する心、謝る理由がなくても自然と「すみません」との言葉が出てくるモラル、そうした人の内面は、土地の歴史と風土に培われるものだと指摘した。一方で、そのような非合理的な感情だけでは現実を生きてはいけない、とも諭されたのだが。さはされど、あらためて『日本の面影』の舞台を鑑賞したい。舞台袖に山田さんが、ふと現れそうな気がする。(万)