戦いで敵に背中を向ける行為はすなわち負けを意味する。最後尾で敵軍を食い止める殿(しんがり)は自軍が逃げる時間を稼ぎつつ、背を見せずに退却する命懸けの任務だった▼逆に車いすテニスは背中を見せないと勝てない。車いすは横に動けない。正対すると左右どちらにも行きにくくなるため、ボールを打った後にくるりと車いすを回転させて後ろを向き、相手を肩越しに見る構えが最も理にかなっているという▼どれだけ背中を見せてきたのだろう。パリ・パラリンピック車いすテニス男子ダブルスに出場した出雲市出身の三木拓也選手(35)である。高校3年時に左脚に骨肉腫を発症し、失意の底からはい上がった。「リミッターは『上に行く』と思っている人しか外せない」。同学年の松江市出身の錦織圭選手に憧れて、限界まで追い込み、時に吐くまでラケットを振った▼18歳の俊英、小田凱人(ときと)選手に声をかけてペアを組み、パラ4度目で自身初の銀メダルを獲得した。ハイライトは準決勝だろう。互いに1セットを取り、迎えた10点先取のマッチタイブレーク。8-8から会心のバックハンドを決め、2時間を超す激闘を制した▼かねて「見ている人に可能性を届けたい」と語っていた。英国ペアに敗れた決勝は不完全燃焼だっただろうが、集大成と位置付けたパリ大会で確かな可能性を示した。何万回と背中を見せた末につかんだ最高の色のメダルだった。(玉)