スマホが行き渡ると、人間はみなバカになるわ。調べたり考えたり記憶したり、努力しなくてもすぐ答えが出てくるんだもの-。昨年11月に100歳を迎えた直木賞作家、佐藤愛子さんのエッセー『九十歳。何がめでたい』の一節。さもありなん。歯に衣(きぬ)着せぬ社会批評は辛辣(しんらつ)で痛快でもある。
88歳で最後の長編小説『晩鐘』を書き上げた後、毎日何もせず、家で「のんびり」していると老人性うつ病のような状態に陥ったという。ところが、編集者の勧めで『九十歳…』の連載を始めたら脳細胞が動き始めた、というから不思議だ。
エッセーでは自らの身体に起こる「故障」を嘆き、「文明の進歩」に怒り、悩める若い人たちを叱りつつ温かく鼓舞する。共感し、勇気づけられた読者も多いだろう。
エッセーは映画化され、今年6月から全国上映されている。老作家の日常をコミカルに演じたのは草笛光子さん。舞台に立ち続けるため70歳を過ぎてパーソナルトレーナーを付け、体を鍛えているという。自らも昨年90歳を迎え、「老いについて言いたいことは山ほどあるし、めでたかないんじゃないのかな。でも、お芝居をやれることはめでたい」
98歳で続編も執筆した佐藤さんは『九十歳…』の最後にこんな言葉を書き残している。人間は「のんびりしよう」なんて考えてはダメなことが、九十歳を過ぎてよくわかりました-。それが元気の秘訣(ひけつ)だろう。(健)