西条柿の木。クマの好物でもある=松江市内(資料)
西条柿の木。クマの好物でもある=松江市内(資料)

 <里古(ふ)りて柿の木もたぬ家もなし>。松尾芭蕉の一句は、山里の深まりゆく秋の情景が目に浮かぶ。これほど景色や暮らしに溶け込んだ果物は他に見当たらない。

 山陰に多い西条柿は4本の溝がある独特の形状で、渋を抜けばとろりと甘い。遅れていた色づきが段々と進み、間もなく出荷最盛期を迎えると生産者が教えてくれた。

 道すがら、鈴なりに実をつけた柿の木に見とれながら、心配に思うときも。木を持つ家に人けはなく、木が管理されている様子もない。古りて老いた里に手付かずの柿の木が増えている。いわゆる放置柿はクマを人里に引き寄せることになるから、対策が必要だ。

 島根県内のクマの目撃件数は過去10年で最多のペースで増えている。先日は浜田市内で犬の散歩をしていた男性が襲われ、爪で引っかかれる人的被害も出た。出くわしたクマは民家に植わる西条柿の木の実を食べていたそうだ。富有柿などの甘柿ならともかく、渋柿まで欲しがるとは、よほどの好物なのか。

 早めにもぎ取るのがよさそうだが、冬に差しかかると、1個や数個の実をあえて残した木も目にする。「木守り」柿といい、きまもり、きもりなどと呼ばれる。収穫の感謝と来年の実りへの願い、それに野生動物へのお裾分けの意味合いを持つ。残さず取り切ったり、果てに伐採したり。古き良き里の景色や風習を失いたくはない。クマにその声が届くだろうか。(史)