「名探偵シャーロック・ホームズ」シリーズは、ホームズが明快な推理と鮮やかな手際で問題を解決し心地よい。だが「白面の兵士」と題した短編は好きになれない。
ホームズは「戦友が家に閉じ込められているようだが会えない。理由を知りたい」と頼まれた。依頼人が戦友宅に行った際の証言から導いた答えはハンセン病。隠すため高圧的だった家族は秘密を見抜かれて諦め、依頼人と戦友は再会した。
戦友が完治可能な別の病気と判明し歓喜する結末は、作者コナン・ドイル(1859~1930年)が生きた時代のハンセン病と、感染に対する認識不足を分かっていても嫌な気になる。聖書に次ぐベストセラーと称されるホームズ人気と緻密な文体は、差別・偏見を助長し、患者や家族を苦しめたのではないか。日本も昭和初期までは、地元にいられなくなった多くの患者が物乞い姿で放浪した。
差別・偏見は時代を選ばず容易に陥りやすいことは、新型コロナウイルスで経験済みだ。感染者が発生した時の狂騒や、正義を振りかざし同調圧力をかける「自粛警察」。マスク着用が個人の判断に委ねられてから1年10カ月。振り返ると、あの騒動は何だったのか。
未知なるものは怖い。未知なるうちは勇気と蛮勇が紙一重で何もできなくても、せめて他者には優しいまなざしを持ち続けたい。後で恥ずべき行為だったと自分を嫌いにならずに済むように。(板)