茨木のり子さん
茨木のり子さん

 <初々しさが大切なの/人に対しても世の中に対しても/人を人とも思わなくなったとき/堕落が始まるのね 堕(お)ちてゆくのを/隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました>

 詩人の茨木のり子さん(1926~2006年)の作品『汲む-Y・Yに-』の一節だ。20代の駆け出し時代に新劇俳優の山本安英さん(1902~93年)からもらった言葉を引用した。

 「現代詩の長女」と呼ばれる茨木さんの文学的出発点は詩ではなく戯曲だった。Y・Yは山本さんのイニシャル。その後2人の交流は長く続いたという。<大人になるというのは/すれっからしになるということだと/思い込んでいた>という茨木さんの間違った気負いを察知した、温かい戒めだったのだろう。

 世間をにぎわすタレントの中居正広さんと女性とのトラブル、それに社員が関与していたと報じられたことを巡るフジテレビの対応に、冒頭の詩を思い出した。創作を続ける中で<頼りない生牡蠣(なまがき)のような感受性/それらを鍛える必要は少しもなかったのだな>と悟った茨木さんは、<あらゆる仕事/すべてのいい仕事の核には/震える弱いアンテナが隠されている きっと……>と折に触れて初心に立ち返る意義をこの詩に込めたのではないか。

 人も組織も、いつしか堕落する弱さや危険性をはらんでいる。だからこそ、誰の初心も奪ってはならないし、奪われてはならない。(衣)