3月に入り、卒業シーズンを迎えた。学びを終えた独特のすがすがしさに包まれる卒業式の雰囲気を思い返すと、何年たっても身が引き締まる。
米スタンフォード大の2005年の卒業式。アップルの共同創業者スティーブ・ジョブズさん(1955~2011年)のスピーチは心を打つ演説として有名だ。社会に出る若者に「何より大事なのは自分の心と直感に従う勇気を持つこと」と語りかけた。背景に自身の体験があったという。ジョブズさんは進んだ大学に価値を見いだせず半年で退学。ただ面白そうな授業は“潜り”で受け続けた。それがカリグラフ(西洋書道)。
「当時役に立つとは考えもしなかった」授業の意味は10年後に判明した。最初のマッキントッシュのパソコンを設計する際、文字を美しく見せるカリグラフの知識を急に思い出したという。「あの授業を受けなかったらパソコンに多様なフォントや字間調整の機能が入ることはなかった」。
人生に無駄はないと言うが、あらゆる経験が気付かぬうちに心身を強く豊かにするのだろう。ジョブズさんは「将来を見据えて点と点をつなぎ合わせることはできない。今やっていることがいずれ人生のどこかでつながる」と、スピーチをまとめた。
「普通」から逸脱するのは勇気がいる。それでも何をしたいかは自分が一番よく知っている。何かを言い訳にして諦めることは、そろそろ卒業したい。(衣)