名刺を差し出すしぐさはまだ少しぎこちなかった。そこには「中国電力鳥取支社広報グループ担当副長 岡本直己」と記されていた。
陸上競技ファンならぴんとくるだろう。由良育英高(現鳥取中央育英高)出身で、毎年1月に広島で開催される全国都道府県対抗男子駅伝には中学時代から、古里・鳥取と所属先の広島代表として計19回出場。通算の追い抜き人数は歴代最多の134人を誇る。
とはいえ「ミスター駅伝」の称号を持つ名ランナーも40歳。マラソンでの五輪や世界選手権代表に届かず、「得意だった駅伝でも失敗するようになり、自分の主戦場はもうない」と競技の第一線から退くことを決断。1月下旬のレースを最後に陸上部を退部し、鳥取市にある鳥取支社に転勤して社業に専念することになった。
これまで中電の正社員でありながら、遠征も多く「出社するのは年間70~80日ほど」。しかも時短勤務で仕事も社内の事務処理ばかり。いずれ陸上界に戻るとしても「一度はフルタイムで仕事をしておきたかった。40歳の新入社員です」と照れ笑いを浮かべた。
広報担当としてあいさつ回りの毎日。それでも早朝のランニングは欠かさない。松江市の新聞社を来訪した日も、雪の中で10キロを走り「松江城周辺で迷子になった」と苦笑い。「市民ランナーとして鳥取から男子駅伝出場を狙おうかな」。初めは緊張していた表情がすっかりほぐれた。(健)