「ミスター」の称号が浸透しているスポーツ選手はそれほど多くない。すぐに思い浮かぶのは「ミスタープロ野球」の長嶋茂雄さん、「ミスター赤ヘル」の山本浩二さんくらいか。
アマチュアにもかかわらず「ミスター駅伝」の称号を持つランナーがいる。由良育英高(現鳥取中央育英高)出身で中国電力陸上部の岡本直己選手だ。毎年1月に広島で開かれる全国都道府県対抗男子駅伝には中学時代から古里・鳥取と所属先の広島代表として計19回出場。通算の追い抜き人数は134人でともに歴代最多だ。「ミスター駅伝」の称号に誰も異論はないだろう。
昨年の男子駅伝前、テレビ取材でレースプランを聞かれた岡本選手はこう答えていた。「前半飛ばして、中盤飛ばして、ラストも飛ばす」-。言葉通りの走りを披露し、3区(8・5キロ)で10人抜きを果たした。
当時その言葉を聞いて思わず笑ってしまった。教員、そして監督として由良育英を陸上競技の強豪に育てた横山隆義さんから昔、同じせりふを聞いていたからだ。豪放磊落(らいらく)で乗せ上手。選手たちは暗示にかけられたかのように記録を伸ばしていた。
そんな指導を原点に走り続けてきた「ミスター駅伝」も40歳。近年はレース後の回復に時間がかかるようになり「競技者としてやりきった」と今季限りでの引退を決断した。男子駅伝で追い抜く雄姿はもう見られないが、称号が色あせることはない。(健)