政府は新型コロナウイルス感染症患者を巡り、入院対象を重症や重症化リスクがある中等症に限り、それ以外は原則自宅療養とする方針を示した。従来は軽症、無症状を宿泊施設で療養させるのが基本だったが、感染爆発の様相を見せる「第5波」に直面し、東京などで病床逼迫(ひっぱく)の危機が迫ったため方針転換した。

 命の危険の高い人が優先的に入院できる態勢を確保したい狙いは分かる。しかし感染急拡大を受け、専門家や自治体、与党にも相談せずに急きょ生煮えの弥縫(びほう)策を打ち出したのは唐突感が否めない。最悪の事態に耐えるコロナ用病床の確保に取り組んできたはずなのに、無策ぶりを露呈した政府の責任は重い。

 菅義偉首相は、8割近くがワクチン接種を終えた65歳以上では重症者が激減したと成果を強調する。新方針は40、50代の重症者急増に備えるものだが、政府は50代以下の若年層は中等症になっても重症化まで至る可能性は低いと高をくくっていないか。その判断は危ういと言わざるを得ない。

 新方針は感染急拡大地域が対象で対応は自治体が判断する。これまで入院対象だった中等症患者のうち、肺炎などがあるものの酸素投与まではしておらず、重症化リスクの高い持病もない人は原則自宅療養になる。ただ、この仕分けは業務が多忙を極める自治体の保健所がまず担う。コロナは軽症であっても病状急変の危険性が高いとされるが、自宅療養から入院に切り替える判断は地域の医師に任される方向だ。

 これをきちんと行うには在宅患者を医師、看護師らが常時ケアする態勢が不可欠だ。その保証がなければ「患者切り捨て」の批判を免れない。

 緊急事態宣言中の6都府県では在宅患者が急増。東京は約1万7千人となり、入院・療養先調整中が1万人を超えた。新方針を受けても、都が中等症を入院させる従来基準を維持したのは、増え続ける在宅患者のケアに不安があるためだ。政府は安全確保策を明確に説明しなければ、国民の理解を得られまい。

 そもそも自宅療養を巡る政府方針は二転三転した。当初は感染者全員が原則入院だったが、昨春に軽症者は自宅療養できるようにした。埼玉県で自宅待機中の男性2人が死亡したことで「宿泊療養が基本」に転換し、さらにホテル確保が難しい自治体が相次いだことで条件を満たせば自宅療養も可と修正した。今回一転して「宿泊基本」が「原則自宅」に戻るのでは国民の困惑も当然だ。

 東京五輪開催、さらに夏休みの旅行シーズンでホテル確保が難しくなった状況も今回の方針転換に影響していないか。首相が「国民の命と安全を守れなくなったら開かないのは当然」と言った五輪がコロナ対策を制約する結果につながったとすれば、首相はなおさら説明を尽くす必要がある。

 首相は新方針に合わせ、新治療薬の抗体カクテル療法について在宅患者へも投与できるよう進めると表明した。この治療法は2種類の抗体医薬品を点滴で投与する必要があるため、入院している軽症、中等症患者が対象だ。これを自宅療養中の患者にも広げるとなれば、医師の人繰り、設備、安全性など実現にはハードルが高く、厚生労働省も慎重姿勢を示す。

 いかに実現するか、首相はまず具体策を語るべきだ。